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価値観の違う人とは関われない?

こんにちは。吉田かおりです。

 

よく、カップルや夫婦の別れの原因は「価値観の違い」と言いますね

 

そういう結論があるところから、カップル以外でも「人間関係」を持つならとにかく価値観が似ていてる人間同士の集まりこそ最高であると思いがちです。

 

すると、価値観の品定めをして、「そっち側の人間」か「あっち側の人間」か、と…そんな風に人を分類して相手を見下したり軽蔑するなどが起きているかも?。それってすごく狭い生き方でしかでしかないと思うのです。

 

確かに、話がスムーズに分かり合える人といると楽しいと感じるものだし、価値観に大きく違いがない人だからこそ末長く関わっていける、というのはあります。

 

でも、価値観が違う人との会話はつまんない、理解できない有り得ない‼︎っ切り離すのであるならば、それは勿体無いことなんじゃないか、ということ。

 

 

他人を切り離すだけじゃ、

人を見下すような態度にしかならなかったりする場面が多いと思うのよね。

 

 

だからそれって結果的に自分のプラスには何も反映させられない。

 

 

「意味わかんないあの人ー、ほんとお話にならないからもう関わりやめた」そう言って同じ価値観の人同士としか関われないというそれは、傲慢とも言えるのかな、と。

 

 

いろんな人間があってこの世の中です。

 

自分の価値観、それと似通ってなければ関われないというのでは、他の人の価値観を知らないままで生きるってことでしょ。『共通価値観じゃない!』って認識したらもう距離とって引いちゃうようだと、相手を何もわからないままです。

 

そんな風に、相手を切り離していると、価値観の合わない相手の話を聞くことになった時の自分の態度って、「聞いてるふり」とか「適当に返事あしらって」とかになるとか、あるいは、「興味ないから」とバサッと切っちゃうとか。

 

 

どんだけ自分ってすごいのぉ??
そんなに自分しか認められなのぉ?

こういう風に思うのです。

 

 

私には二人の息子がいますが長男次男は全くちがうタイプです。
陰と陽の関係と言えるほど真逆な感じ。

 

 

だからまだ小さい頃は、全く違う価値観同士なことから子どもらの喧嘩も多かったです。

 

 

お互いが、お互いの考え方や反応の仕方を「有りえない」って思ってる。
つまり思考・感情・行動とが全く違ってかなりかけ離れていることから「理解できねー‼︎お前ってなんでそうなん?!」という状態なんですよね。

 

 

でも‥‥、彼らも今ある程度の年齢となり
現状は驚くほど兄弟仲が良いのです。

 

 

 

あれだけ「あいつの考えは有り得ない」と否定しあっていた関係なのに、今はお互いの違いを認め合っています。で、「こういう場合はあいつはどう考えるかな?」と自分には存在しないタイプの発想を参考にしたりしているのです。お互いが。

 

 

そうなんですよねー、自分にはない発想を知ることができるってすごいこと。そういう発想もあるのか、と知るほど豊かになるじゃないですか。こういうところから雑談力もつくのかと思う。

 

著書、超一流の雑学力を読んだ時にも思いましたが、自分を知ってもらおうと自分の話ばかりになるよりも、いかに相手に関心を持って会話を引き出すコミュケーションができるかによって、商談が上手い下手の差が出てくると。

 

つまり、人に関心を持つってすごく大事なんですよね。

それがどれだけ自分の興味ない分野のことでも。

 

私はどちらかというと陽タイプなので、我が子でも同じ陽タイプの方の息子とは価値観もかなり似ていることから、思考から感情の動き、行動まで共通点が多くとにかく通じやすい・わかりあいやすいと感じる場面はすごく多いです。

 

一方で陰タイプの方の息子は、何考えているかわかんないと感じることも多いのです。興味関心が湧くところも全然ちがうし。

 

 

でも、そんなよくわかんないタイプの方の息子に対して、その息子の興味ある話に「へ〜そうなんだ〜ふ〜んへ〜ぇ」(適当ではなくある程度真剣に聞く)と、外枠的な感じだけだけど、わかるようになる。ゲームのこととか、音楽のこととかアニメのこととか。

 

私個人としては「それ」に対して必要性も関心も自らが望んで持ってはいないけど、「それに興味を持っている人」に興味関心を向けてるってことかな。

 

 

自分はその趣味に関心はないけれど「それが趣味」という人について関わる。「なになに、それってどんなもん?」って感じで。すると、「あなたってそんなこと目指してるんだ」「そんなことに価値観を持ってるんだ!」と知れるし、私個人が興味ない分野だったことを大雑把だけど情報を得られる。それって結構面白いんですよ。自分にはそれが必要じゃなくても。

 

感情表現あるからこそ楽しい

少し前に誘われて行ってみたロックンロールライブ。

 

私はロックに興味があるわけではないれど、いざライブに行ってみてそれに興味100%っていう人たちのノリをみてその人たちがたまんない!!っていっているのが何かを聞いたりとかしていると、なんとなくそういうのを知るだけでも楽しいという感覚がやっぱりありました。ライブだから体験だし。

 

自分に興味はないけど、他の人がめっちゃ興味あるってことに関して、それって一体どんなもの?っていう関心からの体験になったわけですが、結果的におもろかった。

 

自分は興味なくてもそれに興味を持つ人に興味を向けて体験したこと。無理くりロックを好きになる必要もなし。そうじゃなくて、知ってみることそのものが楽しめる。だって自分の視野が広がるでしょ?

 

 

で、そのロックライブでも思ったんですけど、
やっぱり感情表現あるからこそ本気で楽しめるんだってことを。

 

 

もうめちゃくちゃ大胆‼︎激しいっ‼︎って言うほど腰振って見せてくれるパフォーマンスは男ならめっちゃ男らしく、女ならめっちゃ女らしく見えて、みているこっち(観客)もめっちゃ燃りあがる。

 

「そのノリたまんない‼︎」って
こっちの本性も出てくる。

 

これってすごいエネルギーなんですよ。

循環してるんです。

自分と自分以外の人間と。

 

 

 

で、これって感情入っているからこそなんですよね‼️

 

自分の世界観を大事にするってすごくいい。

 

 

 

もともと私は感情は強い方です。

でも、年期入った相当な抑圧人間でもあったため、変なところではかなりのブレーキをかけていて、そうでないところではそれを外せる、そんな一貫性のない部分もありました。

 

 

だから、感情は強い方なんだけど抑圧時代が長く周囲に適応して自分の本心本能ってのが実は隠れていたという経験の持ち主なので、感情を強く出してくるタイプにはものすごく惹かれます。考えて理性的に物申されるよりも惹かれます。

 

 

ライブでのロック音楽でもそうでしたが、感情表現できなきゃいい音楽なんてできないですよね。どの分野の音楽でも。

 

 

先日飲み会で、音楽をやってた子が話してた内容がまさにそれ。

 

 

「子どもの頃からピアノ演奏が上手だった子っていうのは、やっぱり体が動いて体から演奏するんですよー」とね。情動豊かだからこそ演奏が素晴らしいものになるってことですよね。

 

自分を表現することに抵抗があるほど体は固定されます。つまり体の筋肉を使って感情も固定するんですよ。だから情動がしょぼい。そうなると、演奏のレベルは下がる。そういうものです。

 

自分があまりに思考タイプで物事を判断し行動している人ならばやっぱり自分の本性を抑えているはずなのです。だからもっと感情を動かして自分の本音で生きる方がよほど幸せなはず。

 

私のように一見感情と本能でやってきていたように見えて、ある部分ではそうだけどある部分では全然そうじゃなかったとかっていうパターンもありますから、多種多様な自分のパターンを見つけて自分にとって必要な要素を取り入れることが大事。

 

それって自分の価値観だけを信じて他を排除していたら絶対に気づけないことです。

 

 

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