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人に必要とされたい、人から求められたい、この思いは誰の中にもあるものではないかと思います。私の中にもあります。

でも、実は「求められない」ことの価値は偉大なのです。

必要な存在と思われることに含む意味

心と体のセルフアップサポート専門
吉田かおりです。(私のプロフィールはこちら

 

「自分は相手にとって必要な存在である」とか、「なくてはならない存在である」という思いが最優先にある人ほど、実は、相手を管理し支配的な関わり方をしています。

 

たとえば、

自らを犠牲にしながらも相手のためにイエスと答える。

 

相手のために過剰に世話を焼く。

 

 

こういった態度は献身的な態度だと思いますか?

 

でもその動機が「優しさ」「愛」からくる純粋なものではなく、「自分が相手にとって必要な人間であることの証明がほしい」から、という場合があります。

 

大切な存在だと思われたい。

「あなたが必要だ」と思ってもらいたい。

 

自分が「証明」が欲しいからそうする。
つまり、めちゃくちゃ利己的なんですよ。
自分に対する価値観の低さを他人を利用して埋めようという行為なのです。

 

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ですから、

「相手に必要とされない」というのは大変健全な人間関係が築けるのです。その関係において、その上に存在するものとは、大変ピュアなもので、とても愛深いものになります。

 

決して「自分よがりの愛情」とは違い、「純粋な愛」がそこにあるのです。

 

自分よがりの愛情ではない純粋な愛とは

義母がまさにそれを感じさせてくれる偉大な人です。

 

義母は一切、私たちを管理しようとしたり干渉してきません。

そして、私たちに一切の見返り求めることなく、自分が「したいこと」は継続してこの数十年、欠かすことなく与えてくれます。

 

 

また、遠方に住んでいる義母ですが、こちらが電話をすることがおろそかになっても義母はそのことで振り回されません。

 

久々に電話をすると、

 

「わぁ〜お電話ありがとう!久々の声を聞けて嬉しいよ、電話がないのも元気にやってる証拠だと思っているからね!ばあちゃんもボランティアもあったり、〜〜〜もあったりでね、ほんと、おかげさまでこの歳になっても体はほんっとに元気だし、毎日楽しく頑張っているよ!」

 

と、こんな調子。

 

また、こっちの様子に驚くような変化があっても
何があっても、とにかく動じません。

 

「まぁ!そうなんだね、それは本当にびっくりだなぁ!でも、あなたたちがそうやって決めてそうなったことなんだからきっとうまくいくよね!今そんな風に生活しているんだって想像したら本当、いいなぁ〜〜楽しそうだねえ〜〜ばあちゃんもこっちで頑張るぞ〜」

 

と、ハツラツとされている感じ、こんな調子なのですよね。

 

 

とにかくこちら側が深く実感していることは

「見返りを求めてない母の姿勢」

「母の偉大な愛」です。

 

母に無条件に愛されている”

 

そう感じることができるのです。

これって素晴らしいことです。

本当にありがたいことです。

 

様々な苦しみも経験してきて、一般的に誰もが経験しないような不幸も体験した義母です。義母の涙もなんどもありました。波乱万丈の人生と言っても過言ではないと思います。

 

ですが、そのなかで、彼女はいつも「自分を持つこと」を、そのための努力を惜しまないで居続けている、そういう印象が残っています。

 

「あなたが必要」と求められるということの意味

その一方で私の亡き母は、全く逆でした。

 

電話をしなければ「なんで電話をしてこない」と責めます。

「あなたには親がいないのか」と責めるのです。

 

つまり、子どもなら親の心配をして、〇〇くらいに一度のペースで電話くらいするものでしょう?という考えがあるのですね。

 

だから自分自身の思い、「電話をしたい」「声が聞きたい」という、そういう母自身の気持ちがあるはずなのに、自分にそれをそのまま認められないのですよね。

 

おそらく「負け」だと思うのです。
それを言うと負けたと思うのですね、「子ども」に。

 

だから子どもの立場である私から電話がかかってくることを求めるのです。

 

一つの例をあげるとこのようなことなのですが、

私の母は、そのように「子ども」である私に多くを「求めて」いました。「あなたが必要だ」ということを子どもである私は求められていました。

 

その結果、求められた子どもである私はどうだったか。

 

罪悪感につきまとわれてました。

 

何をするにも親に関わろうとするとき「〜〜しなければいけない」という思考が起きます。たとえば連絡を取らないでいる期間が長くなるほど「電話しなければいけない」という思いが強く起きるんです。

 

でもそのもう一方で、したくない自分があるのです。

どうしても母を避けたい、という思いがあるのですね。

 

もう‥‥、
相反する思いがぶつかり合ってしんどいんですよ。

 

後の方の思いで、連絡をしない時間を引っ張ったとしても、やがては罪悪感に耐えられなくなって電話する。

 

すると・・・

想像していた通り、開口一番、第一声目から不満の声。「もしもし」からではない。電話を受けた瞬間から「あんたね、」と不満の嵐。

 

つまり母も、苦しかったのですよね。
子どもである私を求めるほど、苦しかったのです。
そして、求められた私も苦しかったのです。

 

あえて意思表示しますが、

実母と義母を比較して善悪をジャッジして亡き母を罵っているのではありません。

 

そのような状態になっていた亡き母は、やはり自己犠牲的な部分が強くあり、「自分を大切にする」「自分を受け入れる」などといったことを元気で生きている間に体験することがありませんでした。

 

そんな母を受け入れ、その意味を私は掴むだけです。

 

私の大切な存在である母が教えてくれたことの意味は、私自身が掴むことなのです。自分の人生に反映させることなのです。

 

自己犠牲、自己卑下の元

さて、

ヒーリングを通じて関わっているKさんとのメールやり取りの中で、お応えさせていただだいたものです。

 

見失ってる未来、それは自分に対する自信のなさ、卑下した思い、自分に対する責めがあるんです。

 

そうなんですね。
自分自身に「拠り所」がない、というのは最もしんどいことです。

 

このような苦しみの元は、多くの場合は子どもの頃に形成されています。
子どものころ、母親に言われた何気ない一言でさえ暗示となり洗脳されます。多くの人は無意識に受けた暗示で縛られて生きています。

 

そうして感情が様々現れるわけですが、その感情のエネルギーの質が低下するほど気の流れ、気のエネルギー状態にも影響します。
感情と気の流れは双方に関係してます。

 

心、魂を高めること、それにより生じてくる感情のエネルギーの質を高めていくことが重要です。
それが心地よいフィーリングです。

 

人間ですから様々な感情があります。
その感情に蓋をしたり、「良い思考」によって強制的に歪められていれば、純粋なフィーリングを生じさせにくくなります。

 

そう言った縛りを解き放していくことが必要なのかと思います。

 

そのためにできることは必ずあるのです。
原因の全ては自分の中に存在します。
そうでなければ自分の人生のハンドルを切ることができません。
自由意志が存在しないことになります。
それは間違っています。

 

このことに本当に気づくことが必要なのです。

 

子どもの頃に形成された信念にいつまでもしがみつき現実を見ているのは相当な時代違いなのです。

 

それがどうしても手放せない
なんどもその思いに戻っては苦しくなる

 

そんな人とたくさん出会ってきました。
言ってみれば、ほとんどの方は何か苦しみを感じて生きています。

 

その苦しみから解放されないのは、意識(無意識)上でつながっているからです。

 

それを超えた人が「苦しみ」という認識ではなくなります。
たとえ状況が同じであっても。

 

自分探求への取り組みよかったら一緒にはじめてみましょう。

私にできることは、こうやって文章でお返事やブログを発信すること、
あとは実際に共に学ぶ時間を取ることです。

 

その時間を通じて、自分に喜びをもたらせない思考、感情、行動、それを信念から変容させていくことです。

信念が変わらない限り、思考や感情は変わりません。

汚れた川に浮かぶゴミだけをとって川底にあるゴミを放置しているのと同じなのです。

 

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