yoshida-kaori.com

子どもの反抗期に悩まれるHさん。

 

子どもにとって最善の環境をと考え、勉強机も部屋も与え、(だから落ち着いて勉強できる環境も与え)、多くの子が持っているスマホも(いざという時は便利で安心だし、ゲームなどは勉強の気分転換になるだろうと考え)与え、親として子供に十分な環境を与えている、のにルールを破ってばかり‥とのこと。

環境の影響は強い

この「最適であろうという環境」は、かなり!かなりの『自己管理力』を必要としてます。それを、「子ども」に要求してるわけですよ。まだ子どもでありながらも、相当な意志の持ち主である必要性があるってことを、要求してるんですよね。

 

だってーーー。
スマホはゲームもいくらでもできますよ!

 

それを「自分だけの部屋」で「まだこどもの自分」だったら‥‥?と考えると、絶対無理。うん無理だねーーー。絶対ルールなんて守れるわけないじゃん。

 

ゲームの誘惑に打ち勝つ強き心!

自分で率先して勉強に取り組む強き心!

 

いやー・・・やっぱり

どうイメージしても難しいです。

 

 

実際うちの息子の時もそうでしたが、一度与えてしまったら、どれだけルールを作ろうが、そのルールは守れませんでした。私たちには無理でした。子どもに嘘をつかさせてしまう、そういう状況を作り出すだけのものだと経験しました。

 

(子どもはどんな手段だろうが、嘘と悪知恵を使ってルールを破っておりました。(笑))

 

いや、でもそんなものだと思います。

 

このHさんのお子さんもそうです。

 

多くのお母さんがそのようなことでイライラしてストレスを抱いておられます。

もうそれが結果なのですよね。

 

 

「子どもに最適であろう環境」、そこで決められるルールは、実は子どもにとってハードルが高い。もう、相当高すぎるルールになってるてこと。

 

高すぎるということはどうしても「守れない」ということが起きてきちゃうんですよ。つまり無理なものは無理だということ。

 

そこで決められたルールは、

結局、相手に「嘘をつかせさせる」

という現象を起こすだけです。

 

だからそのことに関して「ルールを守り節度をもってやってほしい」など、私にはどうすれば良いのかわかりません。

 

ただ、「子どもにこうなってほしい」「ああしてほしいと」、子どもに「変わってほしい」という悩み、その願いは本来誰も叶えられません。これははっきり言えることです。

 

まず、

どうしてもゲームは楽しいです!
依存性もあって現実から離れます。

 

人間の心理をうまく考えて依存性を高めるように、子ども(大人でさえも)ちゃんとハマるように作られているのですから。
ラインで友達同士の延々と続く会話もそうですが、様々な誘惑があります。

 

勉強なんて、集中できるとは言えない家族が集まる場所で、食卓などで勉強する方がお互いになんのストレスもなくやりやすいものです。

 

受け身では創造性が生まれない

テレビがついたまま、また、ゲームがすぐにでもできるスマホがある、自分の部屋がある、そのような環境が揃ってしまえばいつも「受け身」な状況になれます。

 

その受け身とは、いつも視覚的あるいは感覚的に「与えられ」誘惑されること。そして向こう側から一方的に与えられたそれにただ時間を費やしていきます。

 

 

大人が自分が「したいこと」がないから、ネットサーフィンして色々出てくる商品に誘惑されて購入(消費)する。それと同じですよ。

 

与えられたものに作用されて

「ただ消耗(消費)」する。

 

そのような「受け身」でいるかぎり、自分の人生に対して創造的に自分が本当に喜ぶこと、楽しむこと、それはどんなことなのかを経験する機会は失われます。

 

感覚的な誘惑に流され、「自分が本当にしたいこと」などを見つけ出すことができなくなる。いつも感覚的な作用を受けているわけだもの。だから自分で自分のことを考える時間なんてない。自分がしたいことは何か、自分が好きなことは何か、そういったことがない。こういう状況ですね。

 

 

いま、子どもであっても遊びを見つけることができなくなってきています。ゲームばかりで過ごす結果、自分で創造して遊ぶということ、子どもならその能力に長けているはずのそれが、失われつつあります。

 

発想が浮かばず目の前にあるおもちゃをどう遊んでいいかもわからない。

 

それも、大人が「これはこうやって遊ぶもの」、と教えそれ以外の使い方を子どもがしようとすると「それはルールと違う」「それはよくない」「それはあぶない」などとなんでも制限する。

 

そうやってルールばかりで制限して完全に「この範囲」という小さな枠に子どもをはめ込んでいる、このようなこともあります。

 

 

 

私の子どもが小さい頃、外の水たまりで泥遊びを始めた時、すぐさま息子の横にいたお友達が少し離れところからその様子を見ていた私のところにきてこう言いました。

 

「●くんが、泥触っているよー!!服が汚れるよー!」

 

私は服の着替えも持っていたし、泥んこになって服が汚れるのは何の問題もなかったので「汚れてもいいんだよ」と答えました。

 

ちなみに、
この子はいつもとっても可愛いお洋服を着せてもらってました。

お母さんが、汚れてはダメだということを常に言われていました。

汚したことでお母さんが「もう〜!汚れてるじゃない!」と怒っているのも見かけてました。

 

 

だから息子の思い切った様々な行動が「やっちゃいけないことやっている!!」といった感じで私に報告に来てたんでしょうね。

 

 

その子はうちの子が周りではやらない猿的(笑)な様々な遊びをすることを、よく目で追ってました。なんでそんなことができるのか?不思議そうな眼差しにも見えるし羨ましそうな眼差しにも見えましたね。

 

 

自分がしたいこと、楽しいと感じること、ワクワクすることなど、こういったフィーリングは子どもの頃から育まれます。

 

遊びを通して発想を豊かにし自分の好きなことワクワクすることを得る喜びを見つける。
それが人それぞれの個性です。
みんな同じというわけにはいかないのが人間に与えられた個であることの自由です。

 

だから、この自由意志を無視し「子どもは親のいうことを絶対に聞くものだ」といった支配的な考えから子どもをコントロールし本人の意思を無視することは原則に反しており、どこかでその反作用を食らうことになります。

 

うちの息子にしてもそうなのですが、結局は本人が気づくことしかないのです。もう与えてしまったのなら。

「ゲームやラインに浸ることは、依存を深めてしまい自分の人生の多くの時間をそれによってただ『消耗している』だけでつまらないことだ。」

 

こう本人が気づくことなければ意味がないんじゃないでしょうか。本当に、ルールで縛るほど反作用を起こします。

 

すでに与えてしまったものを取りあげるとか、ルールを増やすことは反作用を起こすもとです。

 

単に「ルールを守らせる」ことが目的ではないでしょう?

 

結局「自分で自分の人生を創造していくこと」ここに発展していくための言葉を促すことです。

 

だからそのためには、まず親自身が「ルールを守ること」を優先的に生きるのではなく、自分の幸せについてはっきりと答えを持って生きることです。

 

親自身がルールを守ることを最優先に生きていれば、自分の楽しみや喜びとともになく、今を楽しんでいるという姿をこどもに見せることもできないです。自分にないものをどうやって子どもにそれを伝えられるのでしょう。

 

だから「人を裁く」ことばかりになるわけですよね。

人を裁いたり、見下したり、批判したり、コントロールしようとしたりすることによって、喜びを得ることはできません。自分が掴んでいないものを子どもに伝えることはできません。だからこどもの問題ではく、自分の問題なのですね。

 

 

 

 

●吉田かおり書籍サイト●
Yoga salashanti book’s 
ヨーガ的生き方はあなたに力を与えてくれます。
「変わりたいのに変われない」
「自分らしさってなんだろう」
そんなあなたにオススメの1冊。
↓↓↓

ヨーガの落とし穴 ~そこで学んだもの~

アマゾンKindle版

一目置かれる「自分センス」の磨き方
〜「カッコいい」女性でありたいあなたへ〜

nbsp;