問題視するのをもうやめたら?
本気で変わりたいですか
こんにちは。吉田かおりです。
「もっと幸せになりたい。豊かになりたい。でもどうしたら良いのかわからない」こういった状態で、いろんな人の意見を聞いたり、ネットでいろいろ調べたり本を読んだりとかで、結果的に悩みのドツボにはまる時。
まず、
そういう時、
「そのためにはどうしたら良いのか」と自分に対してほんとに真剣に問いかけをしているか?ですよ。
なぜなら、本人が自分に起きていることを受け入れようとしていない場合や、本当には変わろうとしていない場合って、本当に本当にあるから。
そういう時はよくなりたいというのを表面的に言ってるだけで、すごく簡単に外に答えを求めます。でも、自分が本当には求めてないからいくら外野が答えを与えても、響きません。だって‥‥受け取る器を持ってないから。(本気で自分に問うてない答えは理解できないものです)
うまくいかない元はなに?
それはですね・・・
「何をやっても自分を問題視し続けること」
以上!!!
えっと‥‥。
知り得た「知識」「その考え方」「そのやり方」。
それををすぐに「自分のもの」とできないことを許せずに、すぐ結果が出ないことに対して「できない自分」を責めちゃうという‥‥こんな悪循環になってしまう場合もあり。
「本当はこうあるべきなのに、それができないんです」
「本当はこう思った方がいいとわかっているのに、そう思えないんです」
あーーー。
そんなの無理に決まってるじゃん‥‥。
だって、
「本当はこうあるべきなのに、それができない」
「本当はこう思った方がいいとわかっているのに、そう思えない」
それが事実じゃん。
つまり、そういうものだ、ということ!
幸せに向かうための「思考」なり「やり方」なりを知った。
それが「100」だとして、今の自分がその100じゃない。
だから、
「100」になるために、現実で様々な選択肢を見つけて自分で選び取っていくという、
その経験の上で、
「100」と「自分」って
馴染んでいくものですよ。
喜びや幸せを実感できない今(100ではない今)にいるのに、どうすれば良いかわかったからって理解できるわけないじゃんって、
ものすごく当たり前のこと。
わかっていたら悩んでない。でしょ?
わかっていたらそんな風に苦しんでない。でしょ??
知ったからと言って全く理想のそれになれないなんてそりゃ当然だ。
「当然かぁ。」
とわかればどこにも問題なんてないじゃん。
どこどこ??
どこにある??
ほんとは問題なんてどこにもないでしょ??
じゃあ、「自分はだめだ」と思っていることだけが問題なんですよね?
そう思い続けているからすべきことの行動ができないんじゃないのですか?
やることなすこと自分への問題視してるのですから、(自分を不安に落とし込んでいるのですから)それでは自分がかわいそうじゃないですか??
行動する前からすぐさまそれ手に入れようとするからおかしくなるんです。
無理です。
そうなると、「〜〜〜あるべきだ」「〜〜〜でなけれな幸せになれない」などと自分に規制をかけるだけでとてもじゃないけど楽しみや喜び豊かさと逆行していきますよ。
無理なものは無理ということを受け入れてください。
ぞうさんを歌う幼稚園生に、「なぜオペラができない?!」と言っているようなものです。
「それ」に向かいながら、一歩一歩現状において自分のするべきことを選択して行動していく。それが価値あることです。そうやって、「それ」が自分のものへと近づき、徐々に馴染んでくるのです。
もう一回書きますね。
まだそれに向かった経験さえない人が、無理やり完全形を求めるのは無理なことです。動いてないと進まないってことです。
行動
行動
行動
これによって人生に反映されるんですよ
金銭的豊かは人生の本質的豊かさにも繋がります。
知りたい方は私と繋がってください。
「知りたい」と一言メッセージをお願いします。
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