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学校という教育の場で一体何を教育されているか

小学生の子どもが学校にいかないことで悩まれるお母さん。

 

「学校に行く」ことの理由は何?

なぜ行かないことが問題だと思うの?

 

その問いに対するお母さんの答えは、

 

 

「学校は行くものだから」

 

「親としては誰もがそう願うものだから」

 

「教育をちゃんと受けないと本人が困るから」

 

「みんなと同じようにできないのはおかしいから」

 

「将来が困るから」

 

「親としては‥‥」

 

このような答えを挙げられます。

 

 

こういう答え方になるのは、「親としてのあなた」が「そういう教育」を受けて大人になったからです。

 

みんなと同じような考え方をしていなければ不安になる。
みんなと同じ行動にしていなければ不安になる。
みんなと同じようでなければ不安になる。

 

親としてのあなたがそういう教育を受け、そういう社会のなかでそういう人間として今を生きているからです。

 

で、そんなあなたは今幸せですか?

 

ということなんです。

 

本当に「将来が困る」のはどっちなんでしょう?

 

自分を持てず「みんな一緒」「みんな同じ」を基準に生きる親であるあなたが、胸張って堂々と人生の楽しさや素晴らしさ、生きる意味や価値を子どもに伝えられているのでしょうか?

 

対応できない「親の問題」

子どもが学校に行かないということで、自分がイライラしたり自分が何をどう考えどうやって対応していいわからない。

 

わからないからみんなと同じことをさせようとする。それは楽だからですよ。「そうするべきだ」と子どもに言うことは楽ですよ。

 

「みんなこうでしょう」と子どもを責め、みんなと同じ枠に戻そうと圧力をかけるのは「みんな同じが良い」という理由です。でも、そこにどんな価値があると言えるのでしょうか?

 

本当はただ、”考えなくていいから楽”ということなんです。

 

「みんな」ではなく個である「子ども」の特性など理解する努力や子どもにとって本当に何が必要なことなのかを考える努力をしないのは、考えることができないからです。

つまり、子どもの問題ではなく「自分(親)の問題」としての悩みというのが本当なのです。

 

自分の子どもという個性特性を見ることができずただみんなと同じようにしておくことが最も大切だと考える。

 

そういう考えしかないから個性というもの、個人というものに対応ができないのです。それが本当の悩み、ということです。

 

自分がそうであるように、自分の子どもに対しても同じように、「みんなと同じにしておかなければ困ったことになる」という不安が起きて、子どもを学校に行かせることが頭から離れなくなるのです。

 

安心を履き違えている

学校に行かない選択をしている子どもは問題児ですか?

「みんなができること」が「できないダメな子」ですか?

 

それは違います。

 

 

学校は、ある言い方をすれば「一つのことに対してみんな同じように考えるようにさせる場所」です。だから個性はいらないのです。みんな同じ考えでいいのです。

 

そうしておけばそれはです。
誰がですか?

 

それは支配する側がです。

ですが、そういう枠の中で過ごしていれば自分もそれが楽で安心だと錯覚します。

 

 

それが、自分を持たない、自分を信用しない、みんなと同じでいることが最も重要だという教育の中で育つ人の心理です。

 

そういう教育は、たとえば子ども同士の揉め事が起きたとき、決まった考え方から外れている子は「悪者」として反省文を書かせる。こういう「形」を行うだけです。

 

個人、個性をみることなく(みることができない)、みんなと同じことだけをすれば良い、全てをパターン化させて表面的処理をすることしかできないのです。

 

善悪の判断だけを頼りに悪者のレッテルを貼られた子には反省文をかかせてそれで終わり‥‥。これではそこで起きたことに対して、共に考えその子その子の特徴やなぜそのようのなことが起きたのか、どうすることが最善なのか、考えることをしない。全くそこは重要視せず「みんな同じ」対応をするのみ。

 

そこで何が学べますか?

 

決まった対応そのパターン。

善悪のジャッジによって全てを判断する思考回路。

創造性、工夫、豊かさはなく個人、個性はどこにもありません。

 

こうやって、多くの子が「自分」を早いうちから放棄しています。

自分を見失ったまま社会に出て、社会の家畜として生きます。

 

 

ですが自分を放棄するということは偉大な自分と出会うことで成り立ちます。

自分を認め自分を持ち、自分を知った上で放棄すること、それは大変偉大な力となります。

 

 

それがマザーテレサやガンジーなどの人物の成し遂げたことごとです。

 

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By Túrelio, CC BY-SA 2.0 de, Link

 

彼らは自分の存在、自我であるselfを放棄しそのうえで偉大なる愛を人々に与えました。

 

自分を持たないうちから自分を放棄するというのはそれとは、全く違います。
その場合の自己の放棄は家畜になるということと同じです。

 

気づいた時にどうするか?だけなのです

みんな同じでいることが安心、楽。

若いうちはまだそれで疑問を抱くこともないかもしれません。

ですが年齢を重ねていくうちに、「これは幸せとは違う」と、気づくタイミングは何度も経験していくことと思います。

 

「いつ」そのことに気づいて、その中から飛び出るかです。

それだけです。

出てみれば、居たところは何とも居心地の悪いところだった!!というのはよくわかります。

 

でもそのことがわかっても、元の場所と移りたい場所の両方に足を引っ掛けて、「どうしたら良いのか‥‥」と慢性的な不安を抱く方もいます。

 

もう頭ではいっぱいわかっているけれど行動に起こす力がない人です。

 

そういう人は是非私と関わってみてください。

自分探求をするお手伝いをさせていただきます。

(お月謝をいただきながら、およそ5ヶ月程度、様々なことを学びながら自分探求をし本当の自分を育みます。)
気になる方はいつでもご相談を。

 

 

有限であるこの人生の中のことです。

いつか終わりが来るのですから、何もやらないまま死を迎える人もいます。

どう生きようがその人の自由なのです。

 

親であるあなたが自分の考えを持ち、自分の幸せのために行動でき、そういうための方向に意識をむけて取り組めば、子どものことに関して本当にやるべきことは何かが見えてきます。

「学校に行かない理由を知りたい」

学校に行かない理由を知りたい、そうおっしゃるお母さん。

 

行かない理由が知りたいのは、行くことが絶対にすべきことで「行かないことがおかしいこと」、「反社会的なこと」などと決めているからその理由が知りたくなるのです。

 

それは同時に子どもを信じていないからです。

こんなことしていたら、何にもないこの子はダメになる。

みんなと同じにしていなければダメになる。

そう信じているからです。

 

本当は子どもはもう今すでに素晴らしいのですよ。

 

子どもを信じること

親の考えが絶対という立場で子どもに接するほど、子どもは自分の感じていることや考えることは間違っているという思いで常に罪悪感を抱いて生きていかなければならなくなります。子どもが「おかしい」と感じることも、「嫌だ」と感じることも、なんの主張もできず黙って世間に従って生きることをさせる。これが親が絶対とした態度の人がやっていることです。

 

そういう意味では、学校にいきたくないと主張する子は、とても純粋にこの社会を察知しているのです。

自分をなくすのは嫌だと言っているのです。
素晴らしい主張です。

 

でも、そんな主張を子どもにされたとき、親の方は子どもを受け入れない。親にも誰にも受け入れてもらえない子どもは自分を信じることができない人間になっていきます。まず親です。親が最も強力に子どもをダメにします。

 

それは先ほども書きましたが親が「この子はこんなんではまともになれるわけがない」とそう信じているからです。そう信じているからそういう子になります。

 

無条件にこの子を信じ、その上でこの子に何が必要なのかを考える知恵を親自身が持っていないこと、これが問題を起こす要因です。

 

そして、
親に自分自身を認めてもらえない子どもは、

 

自分の考えで選択して行動することは、間違っている。

世間がこうするべきだといいうけれどそれがどうしてもできない自分は間違っている。

親がこうするべきだというけれどそれがどうしてもできない自分は間違っている。

 

自分はずっと過ちを犯しているという思いを抱き、罪悪感を持って生きることになるのです。

 

学校に行かない自分を責め、自分を憎み、誰にも認めてもらえず、生きる意味も価値も見失います。

 

自分をなくしてでも学校に行って、みんなと同じにようにしなさい、そう主張することにどんな意味や価値があるのですか?

 

 

自分の子どもの個性を認め、その子が何を必要としているのか、そしてそのためにやるべきことは何なのか、そこに親であるあなたが自身が向かって探求して取り組むことです。お母さん自身が変わる必要があるのです。親自身が幸せになることです。

 

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