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人は誰もが男であり女である

わたしは、ここ数年自分の中の男性性がかなり強かったと思います。
そんな自分に気がつき、自分の中の女性性も使わなきゃ‼︎と思いつつ過ごしていたころ、私自身のことについて生徒さんと話が進んだのですね。

 

私:「いや〜でも私って、どちらかというと女性らしくなくて、かなり男性よりじゃない?ガサツだし、話し方もはっきりいうことも多いし」

 

というと、話し相手のお二人が・・・

「えーそんなことないですよー、すごく女性らしいですよ。あ、でも、なんかその女性らしさというのはフリフリした感じではなく、凛とした女性って感じ。でもキャピキャピもしてて‥‥(笑)、なんていうか、全然女性らしいですし、男っぽいとかないですよ」

 

とおっしゃっていただいた!!!

 

”キャピキャピしていて”だって!(笑)
私は喜怒哀楽がはっきりしています。怒る時も半端ないし泣く時も。
嬉しい時なんて、もぅお尻振って喜びたくなる(ダンスしたい気分になる)できる環境ならしますよ。子どものようです。

 

そうかと思えば私は基本「オラオラしっかりせんか〜い!」といったような、体育会系なのです。女ですが、内面的にはそう言う要素が強い。だから、ほっといたら許すことや優しさ、包容力、そのような女性性に欠けてしまうのです。

 

日常の全体的に男性性の出番が多いことに気づき、少しずつ女性性への意識を向けていたことも変化あったのかな?とも思いましたが。果たしてどうなのだろう。

男性性が大人しくなる

そこで、自分のここ最近をよく振り返ってみると、確かに・・・以前よりも男性性が大人しくなっていると気づきました。

 

 

(はっ!!!)

 

だから!!!

だからだ!!!

 

 

「息子の汚さ」に、最近ピクピク反応してしまう自分がいるのはそこだ!!と気づきました。つまり、自分の中の男性性の存在が離れていることで、男性の気持ちもわかりづらくなる。

 

 

息子の汚さ、
それって息子さんがいらっしゃる方ならわかりますよね??

 

息子さんおられなくても、「男」を見たらわかりますよね??

 

 

基本的に男って女より汚い。
(え?偏見とかじゃなくて、事実です。)
当然全ての人に当てはまるわけではないですが。

 

男は女よりも、本当に平気で汚い環境の中で生きていけます。サバイバルに強いのも男です。だから言い換えるならどんな環境でも生きていける強さは男性性なのです。

 

「え〜〜こんな汚いところじゃ住めない〜!」という女性性バンバンならサバイバルは絶対無理です。「髪洗えないなんて無理〜!」とか「キレイにできないんじゃやっていられない〜!」というのが強過ぎるのは自分の中の男性性の存在をすっかり無くしているということ。結局いざという時に本当に損をします。

 

 

それとか‥‥男性性の部分についてもう少し。

男が掃除をしたといっても、「どうしてどこがそれで掃除が済んだんだ?」と思うほど汚いしなんか臭い。

 

(なんか臭いのは、いつまでも汚れ物を部屋に放置しているから変な匂いが染み付いてる‥‥とか)

 

これまで生きてきた中で、私はそんな女子には一度も出会ったことはありません。(どこかには居るでしょうが。)基本女は男よりも嗅覚が鋭いですからね。

 

汚い部分、当然私にだって女全般にだってあります。男性性使って掃除すると「ま、これでいーや」という仕方になるっていう感じです。だから女性性の汚いと男性性の汚いの基本が違う、汚いのレベルがもう全然違うのだと思う。

 

「女の子がいたら家が綺麗になって助かる」

 

「男の子しかいないから家の中が全然片付かない」

 

 

これらは子育の中で大人が漏らしている言葉ですよね。

でも、忘れてはならないのが、こういった男(女)の部分はどの女性(男性)にだってあるということです。

 

 

息子の汚さにピリピリしている時の私は、完全に自分の中の女性性フル回転。「な・に・こ・の・汚・さ?!」というピリピリイライラは、「こんなに汚かったらやってられない!!」という女性性で言っている。

 

でも、私の中にも男性性はあるわけです。「こんな汚れ少々コショウさっ」「へっちゃらへっちゃら」。

 

 

男性性は、「できたの?」「片付けた?」などなど問い詰めてくる女性性がうざくて仕方ない。

 

「いちいち細かいんじゃいっ‼︎」と言いたくなる。
(こういうのも自分(女)の中の男性性で理解するとよくわかります。)

自分の中の異性を知ること

掃除をしたからといって、なかなかきめ細かに清潔にできないのが男性性なのです。

 

女性性の横に広がる愛、またそこから生まれたという偉大さから男性性は女性性に敵わないという認識はどこかに持っているのだと思います。だからこそ、そんな女性性に問い詰めらると、憤りを感じる。

 

そこらへんを踏まえてうまくコミュニケーションする。

 

 

なかなかお弁当箱も出せない息子。

滅多に部屋の掃除もしない息子。

 

・コミュニケーションをとり、相手が動かない時は、そうだと諦める。そして女性は自分の中の男性性と会話してみる。

 

・コミュニケーションをとり相手が行動した時には褒める!

 

 

女性性が、こんな簡単なことがなんでできないの??と思うようなことができないのが男性性なのです。でも、その気になったら必死に取り組みますよね。

 

その姿ってある意味なんかカワイイ。

 

色々やっていることはほんと、うざくて汚いけど、なんか、なーんか可愛いのが男性性。「おいらやったぜ!どう??」と掃除したあとに誇らしげな顔をしていう息子のかわいいこと。

 

私の中の女性性・男性性、これらを通じて気づいたのが、表面的には「女である私は自分の中の男性性とうまくバランスしている」と思っていたのですが、実際はそうではなくて、ある場面において、男性性の存在をすっかり忘れていることが”息子の汚さに妙にピリピリする”ということになっていたな!と気づいたわけです。

 

統合するということ

男性性と女性性を自分の中で意識してうまく使いこなしていくことは、私の場合、例えば企業に出向くなどの仕事において、相手の多くが男性ということもあります。

 

そのような時、女性性と男性性をすごく意識します。
私の中の女性性の出番とは、ある程度のしとやかさ、きめ細かさ、気配りは、私の中の女性性として必要な場面で力を発揮するのです。男性性は、仕事では基本的に舵を取っています。女性性を使うとうまく行きませんので。(でもたとえばヨガ指導の活動の時には女性性なんですよね。)

 

また、セッションでクライアント様が男性の場合、やはりどちらかと言うと私の中の男性性が舵を切り、クライアントさんに対してその混乱から導くために力強く発言します。女性性が後ろに下がります。

 

でも、基本的に、たくましさや力強さをもつ縦に進んでいける男性性と、優しさやきめ細かさなど横に広がる愛を含む女性性の調和が大事なことであり、「こっちだけ」とばかりには行かないもの。特に、男性性だけで生きていくのは精神的にきついです。やがてはくたばっちゃう。

 

それの典型的なのが、定年後にいつまでもオラオラ的に生きている男は結局妻にも愛想つかされ本当の幸せを実感することができないで熟年離婚とか。

 

 

私の場合は、以前なぜそんなに男性性が前面に出やすくなったのかとふと気づいたのが、基本男っぽさを持つ私ですが同時に子どもっぽいのです。その反動なのかと。普段、子どもっぽくて無邪気に行動してしまうところがある私。

 

無邪気に子どもっぽくてそこに女性性が前に出てくると、話し方、「声」もかなりの子供っぽく、甘えん坊のねちっとした感じの声になるんですよね‥‥。

 

そんな自分に気づいた時、私の中の男性性がバシーンと前に出てきたって感じ。でもその男性性が前に出過ぎていて女性性が引っ込みすぎじゃん、とあとになって気づいたわけなのですが。

 

バランスが大事なのですよねー。

 

自分の中の女性性と男性性。

意識してうまく使いこなしていくと、男(女)の気持ちもわかりやすくなるものです。こんなブログでしたが参考になれば幸いです。

 

 

 

 

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