yoshida-kaori.com

アクシデントやトラブルで人間は試される

さて、
美容室であったことです。

 

初めて見る新人の子にシャンプーをしてもらいました。

私もう数年間、湯シャンなので唯一、美容室に行った時だけ普通のシャンプー体験。
(初めはお断りしていたのだけど。)

 

新人さんにシャンプーをしてもらった後、鏡の前に移動し、先輩美容師さんに変りました。

 

そして頭に巻いていたタオルをとってもらった直後、

 

「あっ!!すいません、服が濡れてしまってます‥‥すぐ乾かします。本当すみません!!」

 

謝罪され、ドライヤーで首後ろの服、肩のあたりをしばらくドライヤーを当てて乾かしてもらっていました。

 

なかなかびっしょりだった様子で(確かにシャンプーの時、なんか首後ろがきもちわるかったんですよ)、結構長い時間ドライヤーしてもらいました。

 

 

その様子が目に入らないわけない、
それをやってしまった新人の子。

 

気づいていないわけないです。

(まぁ、もっと言うならば、シャワー台から頭を起こした時、気づかないわけないんじゃないかな?多分。)

 

 

どちらにしても、

 

濡れた状態が明から様になって、その対応を別の人がしていても、何も動かない。

 

 

先輩美容師さんは、
新人さんの様子を時々ちらちらと見ていました。

 

で、(新人さんが何も行動にしないので)ひとまず濡れた私の服を乾かした後、新人さんに一言声をかけに行きました。

 

その後新人さんは

「濡らしてしまって、すいませんでした」

 

 

と、私のそばに来て言いました。

 

「自分で考えて行動する」という意味

こういうことが、”自分の頭で考えて対応できない”のは「新人だから」という一言で言えばそうでしょう。

 

でもね、”そういう風”に育てられたってことなんですよね。

 

親から学校から、そういう風に、”自分で考えて行動をすること”よりも、みんな決まった答えになるように教育されてきた。つまり、答えがあるものにしか対応できない。「平均的な」あるいは「一般的な」、そういうものにしか対応できない。

 

アクシデントが起きた時に、
「こんなの習ってないからどうしたらいいかわからない」ってなっちゃうんですよ。そういう結果です。これが、みんなが一生懸命にやっている教育の結果だということでです。

 

 

もういい加減そのことに気づいて大人が反省すべきところなんです。

 

 

他の若い子からこんな発言も聞きました。

 

仕事で自分が担当したその部分を終え、次の工程に変わり他の人に担当が移りました。そこで、どうやら自分がやった仕事内容に大変重大なミスがあったと。でも、もう別の人に引き継いだわけだから、重大なミスであろうが自分には一切の関係がない。そういう認識だそうです。

 

「もう自分の担当は終わったことだから自分には関係がない」「仕事は割り切りが大事」なんですって。

 

 

「もうそっちへ渡ったんだから、自分のミスがあろうが知らない」っていうのは、仕事を効率的にはさせません。機会じゃないんだから。心がある人間がやってるんですからね。この方のいう割り切りとは、「できない自分を認めない」というご都合主義なだけです。

 

 

「自分」と言うものを持ってないからこんな適当ができます。

 

ちゃんとしなさい、こうしなさい、といつも指示される環境で育っていくと、こんな風にトラブルに対応できない人間になります。

 

 

 

 

●吉田かおり書籍サイト●
Yoga salashanti book’s 
ヨーガ的生き方はあなたに力を与えてくれます。
「変わりたいのに変われない」
「自分らしさってなんだろう」
そんなあなたにオススメの1冊。
↓↓↓

ヨーガの落とし穴 ~そこで学んだもの~