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自己卑下は人を沈ませる

「学校が休みの時に、親が言うように〇〇したり、〇〇する努力をしなかったから、今こう言う状態になったんだと思います。だからやっぱり自分が悪いのだと思います‥‥」

 

まだ若き子が悩みに悩んで話すそのなかに出てきた言葉の一つ。

 

「親のいう通りにできなかったからきっとこうなってしまったんだ‥‥」という後悔の言葉。でもこの言葉には、当事者である本人にとっての意味も価値も本来全くないんですよ本当は。

 

つまりこの子は、

「親の言う通りに生きることが最も重要なことだ」と教育されてきたということ。それを現しているのがこの言葉。後悔したままだから自分が悪いんだ、だめなんだ、で終わってしまう自己卑下。全てが沈んだまま。

 

自己卑下を続けることほど人生を無駄するといっても過言ではありません。

 

どんなことでも意味があり価値あることだと私はよく言います。その意味をつかめさえすればそうなると言うことです。でもこの自己卑下をし続けること、これに関しては、本当に時間の無駄だと思うのです。

 

 

この子は、自分を悪者にして「親」がいいと言うことを優先し、それを基準に物事を判断してしまう傾向がものすごい強いです。なのにどうしても反発してしまい、それをやり遂げられないという状況が起きています。

 

これって結局親に「自分は十分じゃない」と洗脳され育ってきたということです。その言葉を言われていた・言われてなかったではなく、そう受け取ってきたからこうなのです。

 

それが結局、
自分の人生なのに、全然自分がない という状態になる。

 

本来この年齢なら自分の人生についての意識を強く持ち始める時期です。それまでどんなに呑気に生きてきても、自分の人生について考えるタイミングでもあります。なのに、自分がない。親の言う通りにしなかったから‥‥。で、じゃあ自分はそう思った次にどうするの?って自分がもてない。

 

もし親の言う通りにやってたってね、同じだよ。

先行き何かで行き詰まった時に、「あの人の言う通りにやれてなかったんだろう(自分はだめだ‥‥)」って思い悩んだり、逆に「あの人の言う通りにやったのに‥‥(あの人は信用できない!)」などという判断基準を自分のベースに生きちゃうってことなんだから。

 

 

自分がないというのはそういう中で生きている状態のこと。

自分の考えや自分がどうしたいのかと言うそれはどこにもないんだよ?これじゃ何をするでも自分に自信をが持てなくなっちゃうよ。生きづらい人生になってしまう。そういう大人になるように親を筆頭に社会から教育されてるのが現状ということ。

 

 

世の中には「親の言う通りにするものだ」「先生の言う通りにするものだ」「偉い人の言う通りにするものだ」「誰かの言う通りにするものだ」、ということが優先されて、自分で考えることができなくなってきている人間で溢れてきている。いつもどこかに用意された答えを求めて、自分の中からそれについて考えることを巡らせる発想さえもできない。まず疑問も感じないし、ただただ社会の流れに流れてついていくだけ。

 

 

それは、こうすべきだと言う思考で固まっているからです。

 

 

これは、世の中全てのことに当てはまっていきます。

流れにただついていくだけ。

それが医療であればお薬にスケジュールされるだけ。根本的によくすることなんてないお薬に身を任せてしまう。自分を持たずして。

 

 

親が子どもの人生の責任まではどうやったって取れないと言う事実、わかりますか。子どもの人生を指図し進路や進学先、結婚、結婚相手、住居、子育てまで‥‥と親の言いなりにさせようとするのは大変に迷惑なことです。

 

何か特別なことがない限り親の方が先に死んじゃうわけだし。親自身が自分の人生の不満や不幸にしがみついて生きていることから、子どもの人生の中で自分の願望を達成させようというおかしな欲望がないですか。

 

自分の足でちゃんと立って自分で物事を考え判断できる人間、自分で自分の幸せを実感できる人間になることが本質的なことです。現実的に自立とは、お金を稼いで自己責任で生活ができるようになることであると思います。その生きる質を求めることです。それは、本人が自分の人生に対してどのような意識を持っているか、自分軸で生きているのか、それによって生きる質は変わります。世間の軸、親の軸、これで生きていてはいつまでもたっても本当の自立は有りえないということ。

 

親の考えに支配されて親の言いなりになって親が安心するような道を選んで生きていったらとんでもないことになりますから。早いとこそこは手放すことです。

 

自分が絶対に正しいとしか思えないのは

間違いなくこの子の親は自分がやっていることが正しいと思ってやっています。間違いなく善だという思いが間違いなく正しいことだという自分の主張を捨てられません。それって、それ以外を知らないだけかもしれないし仮に知っても絶対に認められないからなのです。

 

この親も自分の親にそのようにして育てられた結果ということ。

自分がされたことを自分が育つ環境の中で見てきたこと、これはその人の人生のモデルになります。

 

たとえば親が23歳で結婚していたら、その子供もその親も、子どもの年齢が23歳くらいになったら結婚を意識し始めたりもします。そういう風にするものだという価値観を親が与えて育てることから。

 

親がイライラしている時にドアをバターンと閉めるようなパターンがあれば、子どももそのような物に当たりやすくなります。

 

いろんな形で、親の在り方、物事の見方や感じ方や表現の仕方は子どものモデルになりやすいのです。そして親のパターンを振り返り見ればわかるように、親は完璧じゃないのです。物に当たるようなパターンは望ましいものではないです。また、今の時代とは、親世代のような社会状況とは全く違うのですから(日本は実際どんどん貧しい)結婚に対する金銭的責任も全く違うものです。なのに、「結婚結婚🎶」と子どもに要求するのは、自分が孫を見たいだけという「自分だけの欲望」からとかさ。今の時代の結婚と自分の当時の結婚が大きくその背景が違うことを全然理解していない、などね。

 

親とは自分の最も身近な他者として、「人間は完璧ではないんだ」と言うことを教えてくれる存在でもあります。そういう視点で親と自分をごちゃ混ぜにするのではなく、きちんと境界線を持って関わることです。

 

 

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