yoshida-kaori.com

私:自分の中にはいろんな人物がいるんだよね、・・・・・・(省略)、それで、〇〇な人と関わっている時ってあなたの中のどの人物がリーダーになっていると思う?

 

Aさん:いい人で誰から見ても落ち度のない…前向きで明るくて素敵な人(だと認めてもらいたい)という欲求を強く持っている人物なのかも‥‥。でも、その時実際に人と関わっている時に、そんな自分がしんどいとは感じていないのです。ただ、後になってみていろんな出来事が思い返されて相手に対して不満な気持ちが出てくるんです。

 

私:その人物は「完璧主義のポジいい子」ちゃんだね〜

誰だっていい人でいたいと思ってる

心と体のセルフアップサポート専門
吉田かおりです(私のプロフィールはこちら

 

Aさんは、これまでの自分自身について、”感情が大きく揺れ動くようなことはなくだいたい安定している”とおっしゃいました。人に対してほとんど怒ったこともないと。ほっほぉ〜〜ん。

 

このようにおっしゃる方、結構多いです。

ですがAさん、

 

「実は、これまで嫌な気持ちがあったことに、ただ気づいていないだけで、悪いと認識している感情を感じないようにしていたことに気づいてきたんです‥‥。これが自分を抑圧していることなのかと時間をかけてようやく気づいてきました。」

 

あぁそうなんですね、
そうなんですよね、そうですよねー

ウンウンわかります。

 

気づいていなかったことに気づいてくる時って、驚きと不安とが混ざり合ってこれまで疑問に感じたりすることなんてなく、いつもスルーしていたことが、「あれ?」って感じでそうではなくなってきます。

 

なので、結構感情が不安定にもなりがちです。様々な感情を体験するようになります。(そう、感受性が増しているんですね!)

 

自分の気づいていなかった気持ち、ほんとはこんな気持ちがあったんだな、などというような気づきだけでは、不安定になってしまうことは多いです。

 

気づいてそれがあると認めたら、それで自己成長し問題が解消、ということではないですね。気づいたその上で変化を「起こす」こと。それによって問題を自らが解消していく力がついてきます。

我慢は良くないけれど感情を出すとうまくいかないのでは?

 

例えば、「早く結婚したら?」「早く子どもを産んだら?」などとという親の言葉などを言われ、カチンと来たとします。

 

そんな時、抑圧するということはどういうことかというと、自分のカチンと来た気持ちを出さずに我慢して相手との関係を崩さないように対応を続けること。

 

じゃあ、自分の感情に気づいたのならそれを表現することが大切なこととして、相手に対してカチンと来た感情をそのまま苛立ちや怒りとしてぶつけると、どうなるか?

 

想像してみるとわかりますよね。

 

文句を言い返してお互いに嫌な気分になって、はい、おしまい。

 

これって嫌ですよねー。

 

だからその嫌を避けるために、ついつい抑圧を続けてしまうのです。そして自分の中に小さな抑圧感情がつもり溜まってしまうことでしんどくなって悩むことになります。

 

「感情を出してみたんですけど、やっぱりちょっと抵抗があって‥‥」

 

抵抗があるということは、自分の感情表現をすることに対して罪悪感を持っているということですよね。そんな状態で感情を表現しようとしたら、いいことない。
これはもうわかってます。

 

ですが、体験上から申しますと、長年かけて小さな抑圧感情を溜めてしまうよりも、目の前の人と思っいっきり感情をぶつけることができた方が、よっぽど精神が正常に保てますよ。

 

相手に感情をぶつけること自体をそんなに毛嫌いしなくても大丈夫。

 

問題はその後ですよ。感情をぶつけた後に、その出来事を通して自分が何を感じるのか、何を望んでいるのか。そこのところを自分が確認できれば、ものすごい境地に立つことができます!

 

感情を抑えてクールに対応していた時よりも、よっぽど自分にも相手にも納得できる!ほんとですよ。

 

結局、自分が本当に納得していないことが続いているからこそ現状に幸せを実感できないんですから。自分を軸に自分の幸せは追求すべきなんです。追求を止めることが最も苦しくなることです。自分が幸せから離れてしまうことです。

 

「感情的になりすぎた‥‥」と自分を内省した時

 

『自分を否定的に捉えて自分の力を落としてしまう』のならそのジャッジはあなたにとって【悪】ですよ。

 

そのジャッジによって、『自分がより力を増して自分の望む方向へと向かっていける』のであればあなたにとって【善】です。

 

つまり、その後の自分が、それらのことに対してどう対応していくのか、問題はそっちにあるわけです。

 

ここがまずければせっかく表現した感情が、そう、あなたが思っているようにただの暴走で「悪」という認識で終わってしまいます。

本当の気持ちを知ることで自分を大切にできる

 

そもそもここで本人がカチンと来た気持ちはなんなのか?を理解していないことが一番まずいことです。

 

そこのところを理解していないから、ただ「カチンと来た=怒り=悪感情=相手との関係が崩れる」というパターンで、「それは悪いことだからいけない」と、自分の感情を抑え込むわけですよね。

 

カチンときた!というその感情、自分にとって「今不快だ」といった思いがあるんだ、というこの事実を認められることはとても大事です。

 

ここがそもそもの始まり。

 

そして、その次なんです。

 

「私はなぜこう言われたことに対してカチンときたのか??」という自分への問いかけです。

 

そう問いかけてみると‥‥

こうするべきだという言い方をずっとされてきたことに対して反応しているのか?それとも、今ある環境を理解してもらえていない寂しい気持ちがあって反応しているのか?それとも、相手はもっと違った言い方をしてくる人間だと思っていたからそのギャップに対して反応しているのか?などなど‥‥

 

色々あるはずなのですね。

 

そこがわかると、その上で自分が自分のために、そのことに対して相手にどういう表現をすることができるか、なのです。

 

 

ここで例えば、”親の言いなりにならないといけない”という無意識的思考がある人は、親の考えと自分の考えがイコール(=)にならないこと自体を否定しています。

 

親の考えと自分の考えを同一化してしまっているため、「あなたはそう思うみたいだけど、私はそうじゃないのよ」という主張ができる余地がないのです。

ドキッっとした方、「そういうこと?そうだな‥そうなのかも‥‥」と、自分の考えと相手の考えが同じじゃないといけないと思ってるその妙なことを、まず受け止めてみようね。

 

そういう自分の気持ちさえ気づいていなければ、自分が何に対して反応しそう感じているのか、本当のことを知ることができません。

 

いいんですよ。考え方が違って。それで当然のこと。

 

自分が自分についての選択肢を持ち、自らが判断することは、人が自立した人間であることの条件です。

誰もがピーマンが好き!ではない

 

子どもの頃ってピーマン嫌いの子が多いという中、子どもの頃からうちの子はピーマン大好きでしたし今でも大好き。大人であるからみんなピーマンが好きかといったら当然嫌いな人だっています。

 

それと同じで、あなたがあなたらしく感情表現したり、自分の思ったことを表現することで、そんなあなたを全員が「好き、同意」とはならないじ、「嫌」と人だって当然にいます。

 

誰が何を感じたり思ったり、行動したりしても、

それはその人の自由です。

 

だから、誰からから支配されて従ってその枠の中で生きていこうとすることはないんです。
でも、「その方が幸せだ」と感じる人だって当然います。
それはその人にとって選べること。

 

主従の関係という枠、搾取されているという事実など、”気づいていない”ということは、気づく感性がその時にはないということなので、「何も感じない」わけ。変化する必要、意味がないってことです。

 

で、私は枠に縛られたくない、自由でいたいのです。
だからこう発信します。

 

人と違っていい。自分があっていいのですね。

 

支配され主従関係の元に成り立つ人間関係は自由は狭いです。でも狭い分ラクです。自分が搾取されているということに全く気づいてなく、相手に言われるがまま自分にとって全て楽な解釈で捉え、ただ決められた道を進むことは、自分で考えることをしなくても良いのだから。だから楽です。

 

考えることをしなくていい

これ、楽ですよ。

 

でも自分のこと、自分で決断すべきこと、自分で選択し判断するという力がないということ。考えることができないといのは、支配され搾取され狭い中で過ごすことです。楽と引き換えに本質と離れるのです。自分の本質とね。

 

「おやつが欲しいのならいい子にしてなさい」

 

「あなたは子どもなんだから親に対してもっと〇〇しなさい」

 

「そういう態度は内申の成績に響きますよ」

 

「美味しい料理を作って欲しかったら夫としてちゃんと〇〇してよ」

 

「妻としてそんなんじゃあ僕浮気しちゃうぞ」

 

 

などなど‥‥これらの言葉は相手を支配し相手を脅し自分の言いなりにさせようとしている言葉です。ただ、その意味を持つこの言葉が、それを発する人にとって有効なのは、相手がその言葉によって恐怖を感じているかどうか。

 

相手が恐怖を感じるのであれば、この言葉を発して本人はその時相手より上位に位置し、脅しという手段を通して相手の支配者という立場となれるのです。

 

 

逆に過剰な恐怖心がない場合、この言葉はひとり歩きにしかなりません。

 

つまり、従属を受け入れる人のみが支配を受け、自由を失うということでもあり、狭い自由はある意味楽でもあるということです。

 

タバコなんて本当は好きではなかったんですけど、職場のみんな吸っているから休憩中に自分だけが吸っていないと浮いてしまうので、吸い始めたんですが、今ではやめたくてもなかなかやめられなくて‥‥

 

こういう場合も「仲間外れにされたくない」「孤独は寂しい」こう言ったことから、その場の中で従属することで、自分が安全な場所にいることができたと無意識的にも捉えたわけです。

 

タバコをやめたくてもやめられない人の例のように、「やめたくてもやめられないから、なんとかしたい」という、現状に対する不満が出てきているときは一つのサインです。

 

嫌だと感じているということは、より望ましいものへ向かいたいという願望を抱いているからこそです。

 

病気にしても人間関係の悩みにしても、誰でも「嫌だ」と感じることから始まります。嫌だと感じるのは「より良くなりたい、本当の自分はこうではない、本当はこうありたい」ということに気づける感性があるということです。

 

だから「嫌」に意識を向けるのではなく、自分の本当の目的を見つけてみてください。自分で自分の人生を動かしていきいましょう。自分自身をちゃんと機能させ、より良い自分を育てていきましょう!

セッションにて自分を明確にもつ!

セッションにて感情の元になる思考から変容し豊かさを加速しよう!
・ご質問などこちらからお気軽にどうぞ

 

●心豊かな自分になる!無料メール講座●
ご登録はこちらから↓↓
「自分の認め方無料メール講座8ステップ」

感情と思考と行動が自分の人生を創ります。
自分が幸せになることを拒む思考を手放すためのステップへようこそ!

 

●吉田かおり書籍サイト●
Yoga salashanti book’s 
ヨーガ的生き方はあなたに力を与えてくれます。
でも綺麗事で片付けていては本質的な豊かさに繋がりません。
「変わりたいのに変われない」
「自分らしさってなんだろう」
そんなあなたにオススメの1冊。
↓↓↓

ヨーガの落とし穴 ~そこで学んだもの~

 

アマゾンKindle版

一目置かれる「自分センス」の磨き方
〜「カッコいい」女性でありたいあなたへ〜


Kindle版 自分を大切にする5レッスン