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人と親密な関係になるとき抱く感情の一つに「分かり合えている充実感」があると思います。大切だと感じる相手だからこそ、この感覚を前提に関わってしまいがちです。そうやって自己表現が適当になり、相手との適切な距離を見失います。

一人じゃ寂しい?

心と体のセルフアップサポート専門
吉田かおりです(私のプロフィールはこちら

 

恋愛関係にしても友達関係にしても、人は人間関係を持つことで「自己表現の楽しさ」や「すったもんだ起きる困難」も経験できる、だからこそ、自分を知り自分を楽しむためにも人間関係を築く大切さがあるんですよね。

 

でも基本的に、心の中の寂しさを埋めることがベースになっていると、なかなか自分を知り自分を楽しむための人間関係を構築することができないです。

 

一人じゃ寂しいから‥‥といった考えは、多かれ少なかれ誰の中にも存在するものだと思いますが、行動の基準がそれの回避である場合、結局は充実した経験は乏しいもの‥‥。

 

特に思春期の時期などにおいては「ひとりぼっち」って抵抗感強い。

 

ひとりぼっちになることを恐れ友情関係を維持する、恋愛関係を維持する、そして、結局はひどいストレスを抱えてる、とか。

 

その思考回路は相手との距離感を保つことができなくなり相手の問題も自分の問題もゴチャゴチャになってしまいます。

相手に求めすぎる時

 

「どんな時でも一緒❤︎だからこそ本当の恋人(親友)❤︎」

 

この↑感じってね、状況の良い場面ではとっても充実感を感じられても、状況が悪い方向に変わってくると、一気に相手を「悪」とみなした態度を取りがちなのです。

 

あれだけ「感謝しています!」「信用しています!」「愛しています!」「大好きです!」なんて言っておきながらも、些細なことで一気に真逆の立場になれてしまうような人っています。

 

感謝ってそんな簡単に覆されるもの?

 

愛ってそんなもの??

 

相手と適当な距離を保つことができない人は、状況によってコロリと瞬時に変身!


相手をひどく傷つけ罵ったり悪者にして自分のことを全く省みることができません。

 

状況が望まない場面になった時、距離感を持てない人は、相手に復讐心がわきやすかったりします。それは、要因が全て相手にしかないと決めつけているから。決して「人との距離を保つことができない自分にある」とはこれっぽっちも思ってなかったりするわけで‥。

 

自分がここに存在しているからこそ起きるその経験に対して自分に非は一つもないと、どうして言えるのでしょうか。

 

恋愛も同じ。相手にもっと近づくこと、もっと語り合うこと、気持ちを共有しあうことでこそ全て分かり合える。

 

 

そのように思う時、そう働きかけることで余計に相手とうまくいかなくなっている場合もあるのです。いつの間にか相手に多くを要求しすぎているのかもしれません。

 

「タイミング」や「自分」から離れてしまい、全て「相手」に全力で向かっているのかもしれません。

 

人間関係とは自分だけでなく自分と相手との関わりの仕方によって変動するもの。それなのに「相手」一筋になってしまう時、相手にとってあなたは相当重いわけです。

 

「ひとりぼっち=寂しい」がつよい人は状況が望まない場面の時‥‥

 

「なんだか上手くいっていないようなんだけどそれはどうして!?」

 

「何があったの??」

 

「言ってくれないと何もわからないから」

 

などといったように、相手に要求ばかりします。

 

自分と相手のバランス

わからないから知りたい!この感覚も大事です。相手とコミュニケーションを測ろうと努力すること、大事です。でも「わからない、知りたい!」そんな感覚の時、少しでも相手だけではなく自分そのものにも意識を向けてみた上かどうか、を自分に振り返ってみてください。

 

相手に要求してばかりの人

相手に答えを求めてばかりの人

 

どうしてそんなに焦っているのか、自分に問うてみてください。

 

「孤独」を恐れていませんか。
分かり合えない=誰にも理解されない=孤独

 

そんな孤立感から逃げたい一心なのではないですか。

 

ひとりぼっちであることを恐れることなくある程度「平気」「どうってことない」と心の底から思えるようにならなければ人との適当な距離を適切に保てないものです。
相手に要求ばかりしてしまいます。

 

相手ばかりじゃなく、まず自分。
自分のことをよく知って、自分を楽しむことが必要です。

自分が自分を受容する心を育むことが必要です。

「価値のない自分」=「価値のない相手」

自分について、感じていることも考えていることも表現できない人は自分に対する価値をとても低く捉えています。すると、その反動として過剰な自己アピールをしてしまう場合もあります。

「自分はこんなことができる」

「自分はこんなものを持っている」

「自分はあの人より勝っている」

 

相手の良さを素直に認めることが難しく、揚げ足を取ってしまったり、「自分の時はもっとすごかった」というように、自分の方が優れているというアピールがどうしてもしたくなり、そうやって不健全な人との関わりをしてしまうこともあります。

 

自分の価値観を理解できない、認められない時、多くの場合は自己否定や自己卑下をしています。

 

「どうせ自分の考えていることなんてたいしたことない」

 

「どうせ自分の思っていることなんて間違っている」

 

「どうせ自分のことなんて誰も真剣に聞いてくれない」

 

「どうせ自分が間違っているに決まっている」

 

「どうせ自分が悪いんだ」

 

これらの自分への認識を何故するようになったのか、その思いの発端を探っていくと、そう思うことで自分を守ろうとしていた自己防衛反応が見えてくるものです。

 

そういった自分に起きた真実を深く知り受け止めることができると、少しづつ心の器を広げていく土台が出来上がっていきます。これらの「自分を縛りつける思い」から解放されることが重要なことです。

 

結局は、過去に生み出した問題をずっと放置して生きていくこと、この繰り返しを人はたくさんしています。

 

子どもの頃の問題であれば「きっと大人になったら解消されるだろう」20代頃の問題であれば「きっともう少し大人になったら解消されるだろう」

でも30代の問題も40代の問題も「きっといつか‥‥」あるいは「しょうがないから」と、問題を何も解消することなく生き続けてきた「結果」が今なのです。

 

だからこそ、そのことに気づいて欲しい、解消して欲しいと、身体に様々な形で何らかのサインを出します。

 

自分の価値を認められない、気持ちがいつも沈みがち、不安が強い‥‥

 

そんな時、本来の自分の状態から大きくずれてしまっています。
地球から離れてしまっています。

大地に足を下ろしているつもりでも、それが脳のシステムの設定の中でずれていることも起きます。地球にちゃんと身を下ろしていないで生きている人は、様々なトラブルに見舞われます。

 

その身体に現れている問題からも原因を追求して解消のための行動をとっていくことが自分を大切にし自分を認め自己受容を深めることになります。

 

自分を否定していると、自分の感じることや考えること、話すことについてのすべてが薄っぺらい価値のないものとて自己認識しています。だから過去の良かったことにいつまでもしがみついて、今を真剣に生きられません。

 

そして、信じられないかもしれませんが自分について薄っぺらな価値しかないとの認識が、自分の周囲に関わる人にも同じように向けられています。

 

自分について「どうせ‥‥」といった認識は自分一人で自分に向けて感じていることだから誰にも迷惑をかけてもいないじゃない、と思われることかもしれませんが、そんなことないのですね。

価値と責任は比例する

同じ商品(例えばホッチキスとか)でも1000円で購入したものと100円で購入したものでは、心のどこかで1000円のホッチキスに価値を重く置きませんか?

 

100円のホッチキスに対しては、「どうせ100円だから長持ちしないかな」などの思いがくっついていて、知らず知らずのうちに丁寧に扱えていないとか。また、例えば買ってすぐに壊れてしまっても「どうせ100円だから仕方ない」とも思えたりしませんか?

 

ですが、1,000円のホッチキスが買ってすぐに壊れると、その商品の責任を果たしてもらえていないぞ、お店に言いに行かなければ!と思いませんか?

 

自分についも同じです。
自分の価値を薄っぺらく軽く思っている人は、『自分に対する責任を持つ力』が乏しいということです。

 

自分に起きる感情も出来事もすべて、自分の参加があって起きている認識がなく、責任を感じなければいけない場面(問題が生じたり感情がネガティブな時、楽しくワクワクルンルンといったものではない場面の時)に、それは相手のせいだとしか認められないのは無責任なこと。

 

だからこそ(自分についての責任が乏しいため)自分が話すことにおいても忘れがちだったり、平気で「死んでしまいたい」などと口にしてしまう。

 

自分の話をした内容について相手が後日「あの時こんな風に言っていたじゃん」と話を振られても発言した本人は全く覚えておらず会話がうまく成り立たない。

 

こんな不出来な私が話していることに対していちいち覚えているなんて(この人信じられないバカじゃない?)といった思いを抱く。

 

自己卑下的な話を相手にした時、「そんなことないよ」「心配だよ」と声をかけてくれるであろうと見込んでだ上で、自己卑下話を繰り返し人と不健全な関わり方を持ってしまう。

 

相手が自分の発言に対して真剣に関わってきた時、「信じられないこの人‥‥こんな私が言っていることに対して本気に捉えるわけ?」などのように相手を疑う。

 

自己否定を繰り返し、自己卑下をしていくと自分が自分についてダメ出ししているだけで誰にも「迷惑なんてかけていない」というのは間違いです。

 

周囲の関わりのある人すべてに「こんな私の言うことに耳を傾けるなんて信じられないアホたちだな」と言っているのと同じなのです。

 

あなたがどれだけ自分をダメ扱いしたとしても、あなた以外の周囲の誰もがあなたのことをダメ扱いしていません。

 

これまでの経験で「真剣に話を聞いてもらえなかった」という悲しい体験があったとしても、周囲のすべての人があなたの話を真剣に聞かないのではありません。必ずあなたのことを本気で心配し、あなたの存在価値を大切にしている人は必ずいます。

 

自己否定を繰り返し自己卑下していくと、必ず自分以外の誰かを見下し、疑い、否定し、傷つけていることを思い出してください。

あなたに価値がないわけはない

人間関係の中で人は自分を知り、生きる経験の深みを増していきます。

自分をよく知り、自分を愛することができないままいつまでも「自分がダメだから」「自分が悪いから」と思い込んでいては、人との適当な距離もわからないまま歪んだ関係性を持ってしまいます。

 

どんなに自分が自分について価値がないと思っていたとしても、あなたに価値がないということなんてありません。

 

自分なんて消えて無くなってしまったらいい、どうせ誰も悲しまない。

そんな風にあなたが思っていたとしても、必ずあなたがいなくなったら悲しみを抱く人がいるのです。

 

それが事実です。そして、「どうせ誰も‥‥」の思いはその反対の思いを強く強く抱いて求めているからこそです。

 

だからまずはあなたが「愛されたい」と望んでいること、あなたが「大切な存在でいたい」と望んでいる事実を認めて、それを他人に求めることをやめることです。

 

自分が自分を受け入れることがなされない限り、どんなにあなたを大切に扱ってくれる人と出会ってもあなたは信じることができないからです。

 

 

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