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かおりんです。最近よく耳にするこの曲。
いやぁなかなかのパンチです。

 

 

なんだかホッとします。
ぶちまけてるところが。

何でもかんでも感謝と許しの愛の世界でひとくくりにされている空気がある一方でこういうのって。

自分の闇を受け入れる

こういうドロッドロ曲って流行するなぁと思いますし、ストレートに自分の中にあるものを表現し、自分の闇を自分が受け入れる流れになっている歌だと思います。

 

 

同時に、理解しあえる他者の確立の難しさや、
この社会の疑問、正義や悪ってなんなんだ?と‥‥

 

 

こういう曲が流行るというのは、それだけ世の中あまりに綺麗事に偏っているところがあるからなんですよね。

 

 

「過ぎたるは、及ばざるが如し」

という言葉があるように、物事はやはり中庸が大切。

 

 

今があまりにポジティブに偏ってるということの現れの一つではないかと。

 

 

そうそう、初めはただ軽快なメロディーが気に入った YOASOBIの「夜に駆ける」も、これ自殺の歌なんですねー。

 

原作を読めばわかりますよ。

MVも歌詞もいつもなんとなく?と思っていた数々が納得ー。

 

 

さてさて、

 

言葉で「中庸を目指すことが大事」

「バランスを取ることが大事」

とただ言うことは簡単です。

 

 

その言う言葉を具現化するには自分に起きていることにしっかり向き合って行かなければなりません。

 

 

これは他人任せにすることではないのです。

 

 

人は一人の力でできることは小さいです。

他人の力とともにできることは2倍になるのではなく何倍にもなる可能性を秘めています。

これというのはビジネスにおきかえるとよく理解できますよね。

 

 

ですが、それでもやっぱり、

自分でしかできない部分があるのです。

自分でしかバランスできない部分が。

 

 

綺麗なところしか見えてない人はもっと自分の中のドロドロ臭い醜い部分を認めて受け入れてください。辛いですよこれー。でも、とことんそれをすると今よりグッと高い精神レベルに引きあがることまちがいないです。

 

 

そうなると、小さな自分に止まっていたなぁという自分が見えてもきます。

 

ダメな自分、被害者な自分

自己卑下が強まり、

こんな自分はダメだ

何やってもうまく行かない

など自分をダメ存在と見てしまう時や、

 

 

自分だけ悪者にされている、

自分だけが損を被っている、

自分は被害者だ

 

 

と見てしまう時は、どちらも物事を狭く一部しか見ないままに判断している時です。

偏っているんですよね。ものすごく。

 

 

話を少し変えますが、
愚痴は悪だという人が多いですが、
私には愚痴は「必要なもの」という認識です。

 

 

愚痴ってモヤモヤドロドロしたところも全部出して、その後、そこからどうするか?に進むためのステップとして捉えています。

 

 

すでに私の精神レベルがより高く、聖人君子のような人であれば、そんなところで足掻くことはないのでしょうが、私にはまだまだです。

 

 

愚痴を繰り返し言うだけでその後自分がどうして行きたいかの方向性がいつまでも決まらない。いつまでも愚痴を言い他者のせいにする。

 

そういう時、

 

自分の人生の舵を取れないと言う宣言をしている最中なので、それを長く続けたとしても「どうにも解決できない」と言うことを、深く深く理解する…というそんな痛い経験を何度もされるほど、人というものの汚さ醜さを理解し、同時に尊さや愛をも理解するのかと思います。

 

そう、ほんと、

不完全で完全なのが人なんですよね。

 

 

そう言う意味から、
ただドロドロするだけに偏ると全然よい巡りにはなりません。

ですが、ドロドロを無視してホッコリキラキラと過ごしても、全然うまく行きません。

 

 

どれだけ地位もお金もあっても幸せとは限らないよく言いますが、その殆どは自分の内面(裏側)にあるドロドロしたものを解消できていないことから起きてきます。

 

 

これ本当大変なんですよ。

光強くある時その代わりに誰かが闇をかぶっていることもあります。

良い悪いという話ではなく、そういう世界がこの世の法則にあるということです。

 

キラキラほっこり癒しの世界

キラキラほっこり系は本当、輝いていて愛に満ちている実感や感謝で始まり感謝で終わりとにかくハッピーな癒しの世界。みんな大好きですよね!?

 

 

明るくてキラキラするところ。

人間ならやっぱりみんな好きなはずです。

私もそう。大好きです。

どんなストーリーもハッピーエンドでなきゃ嫌!スッキリしないって思いますし。

 

 

ですが、本当の光とは、闇を受け入れることでより強い光を放つようになります。

闇を受け入れるって、結局は自分の中のドッロドロの臭い部分をどれだけ受け入れてきているか?です。

 

 

良いも悪いも受け入れが進むと物事の両面を見ることがかなりスムーズになります。

 

 

そうしたら、ありえない大嫌いな人の中にも自分をみることができるし、なんだかんだ皆自分と他者との共通点を見るもんです。

 

 

最後に、ホッとするどころか私には大ハマりしたクレヨンしんちゃんのモノマネで弾き語りの動画も見つけました。元気の欲しい時にはこれ良きかも。