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かおりんです。
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困難なことは誰でも生きていれば幾度となくやってきますね。

 

先日のブログのたとえ話で

 

子どもにおつかいを頼んだ時、

いやだと言われることを前提に声をかけてみる。

 

 

いやだという答えが返ってきた時

「そっか、オッケーよ♪」と、

(読み通りなので)ノーを言った相手に

自分都合の感情をぶつけずにコミュニケーションが取れますよ。

 

 

と書きましたが、それでももっと深刻なベルの問題が起きた時、それを仮に予測していたとしても‥‥

 

 

そんな場合もすんなりと

「よっし、それならこうしよう♪」

と感情移入せずにはいられないことも現実には起きるものです。

 

 

不満が出て自分の気持ちを一旦吐き出し嘆くことも私は大事なことだと思ってます。

 

 

ですが、

それをいつまでも

また「誰か」に向けても

 

 

「自分」の改善に向かうことはないです。

 

 

 

困難に対して逃げることは簡単だし、

誰かのせいにすることも簡単。

 

 

ですがそれで自分が改善し自分がよい方向に向かうのか?といったらそれは全然違う。

 

 

 

やっぱり 「乗り越えるための作業」は、

「困難を体験する自分」でしかないわけです。

 

 

 

間違いないことは、

 

 

誰とも意見がぶつかることもなく、誰からも賛同され誰からも好まれ、何事も思う通りになり、欲しいものはなんでも手に入りことが進む人生なんて、喜びを感じることができないです。

 

 

 

息子が小さい頃よく、

キャッチボール⚾️をして遊んでました。

 

 

 

まっすぐ簡単に取れるだけのキャッチボールでは、息子もつまらないのです。右か、左か、ダーーーーーっ💨💨と走ってギリギリで取れるか取れないか、思いっきりジャンプして取れるか取れないか、

 

 

 

そんなキャッチボールだからこそ

息子も私も汗かいて息荒らして楽しめました。

 

 

 

キャッチボールなら「つまんない、しんどいからやめた」で人生に与える影響はさほどないかもしれませんが、

 

 

何事においてもその逃げの姿勢では
喜びや楽しさの枠は広がりません。

 

 

 

有能な人ほど大切になってくることがあります。

 

私のメンバーさんもみなさん有能な素晴らしい方たちばかりです。なので今ここで自分自身に立ち止まってみてください。

 

 

 

有能な人というのは、

正しいことがわかっています。

 

 

正しいことや効率的なことを理解できるので、そうではない出来事が起きた時、

「なぜ!!!!こちらは正しいのに!!!」

と自分への誇りから相手への批判が強まりがちです。

 

 

ですが相手を批判しても

相手がこちらの思うように変わり

ことが進むことはなかなかありません。

 

 

その「正しさ」にあぐらをかいてしまうと、気づかぬ間に身近な人を傷つけていたり悪影響を与え続けてしまうこともあるのですね。

 

 

自分の有能さをそっと自分の胸の中で暖かく感じてください。

それを盾にするのでは結果的には自分の身も持ちません。

 

 

決して自分の心を否定するのではありません。

不安や恨みや妬みを人に与えたり受けたりすることに繋がる言動よりも、

 

自分自身の持つ品性や気質を大切する気持ちを一人一人が持ち、協力しあって乗り越えていきましょう。

 

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