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こんにちは!かおりんです。
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子どもの頃、プールで溺れたことがあります。

 

 

その時、確か…

 

背後から大人に両脇を抱えられるような抱っこの状態から、2周くらい勢いをつけられポーンと投げ飛ばされた状態だったかと思います。

 

 

ポーンと飛ばされた私は、
足のつくはずのプールの中で、もがきまくりました。

 

 

 

まるで洗濯機の中に投げ入れられたか…
上も下もわからず水の中で回る。

 

 

 

その時の景色、忘れられません。。。

 

 

 

とにかく水が勢いよく回って
(うんにゃ、正確には自分が回っている)
自分の乱れる髪も視野に入る。

 

 

水の中から光が眩しく見えるのに、
水の外に手も顔も出せない。

 

 

どれだけ手を上に突き出そうとしても、
水の外に出せない。

 

 

どれだけ足をバタバタしても、
着くべきはずの地面がない。

 

 

 

苦しい…

息が…

く…苦しい…

 

 

本気で死ぬかと思いました😑

 

 

実際にはほんの数秒の出来事かと思います。でも、私にとっては生死をさまよう信じられない恐怖を体験していたので、ひどく長く感じました。

 

 

 

ようやく足を地に下ろせ、
プールに立ち上がった時、

 

 

そこには‥‥

当たり前に聞こえる笑い声。

 

 

 

しばらく周囲の様子が受け入れられませんでした。
ぼーっとしていました。
だって私、死にかけていたんです😅

 

 

 

 

同じ水の中ですが、
海で同じような恐怖を感じたことがあります。

 

 

波の激しい日本海の岩場でサザエ採りに夢中になっていた時のこと。

 

 

 

突然背後から一気に波に押されて手足を岩場で傷つけられたかと思ったらすぐさま、今度は大きく波に引っ張られたのです。

 

 

 

すると一気に岩場から離され…
と思ったらまた大きく波に押される。

 

 

 

その度に思わぬ場所にある岩場で手や足に痛みが走る。

 

 

 

タイミングをずらしたらひどい体制で岩場に押し付けられ、身体中が傷まみれになりそう。

 

 

 

 

岩場は入り組んでいることもあり、

波のリズムが不規則。

そんな不規則な大きな波の力に何度も押しては引かれました。

 

 

 

 

でも、プールの時の恐怖よりはマシ。

プールの時、私は『抗うことばかり』でした。

 

 

 

抗った分、短時間にもかかわらず相当に疲労し、恐怖心も何百倍にもなったのですね。

 

 

 

でも、海の時は、波に引かれた時には抗うのではなく、そこは力を抜いて岩場から引き離される時に自分に怪我のないようにだけ注意してひかれ、

 

 

 

ランダムにすぐさま来る、次の押しのタイミングでいかに素早く岩場に捕まって体を海から引き上げるか、ここに意識を全集中してました。

 

 

 

力を抜く時には抜いて、

入れる時に全集中!

 

 

 

そんな感じ。

 

 

 

この二つの水の恐怖体験はある意味いい教訓だと思います。

 

 

 

抗っても無理なことに抗うと、

消耗するのです。

こういう時、自分!!って押してはうまくいかんのです。

 

 

 

自分の体験することを丸ごと受け入れさえすれば、自分自身とは、どこで何をしていいても【揺らぎない自分である】とわかっています。

 

 

だから緩める。

 

 

この状態は自分の内面と繋がっている状態。
意識とは関係なく、本質的に揺らぎない自分に気づいてます。

 

 

そこには、自分は弱者でもあり強者でもあるというような、あらゆる二元性を自分の内に認めています。

 

 

 

時期、タイミングの違う時に、力を入れて突っ走っても大きな波に飲まれるだけなんです。

 

 

「自分はこれ‼︎」と盲目になっている時、実は柔軟性を見失って、大きな波に飲まれ泡となって消えてしまうことが見えてないのです。

 

 

 

人生大きな波が来る時はあります。

 

 

 

そんな時、柔軟になり、力を抜いて大きな動きに身を任せることも大切なことだと思います。

 

 

抗っても無理なことに抗う必要はないのです。

柔軟に、視野を広く。

 

 

自分はすでに「持っている」ことを忘れずに。

 

 

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