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こんにちは!かおりんです。

 

 

やっと、やっと……数日ぶりにぐっすり普通に眠ることができました。

 

 

ここ1週間と少し、まともに寝ることができませんでした。もともと long  sleeper  だというのに。(基本、私の睡眠時間は8時間)

 

 

どんなに夜時間が遅くなろうとも、私はお勤めなどのお仕事がない自由人です。だから昼くらいまで寝ちゃえば体力回復はできるだろうと思いきや、それもできない。

 

 

どうしても早朝から目が覚めてもう眠れない。
まだ3時間しか寝てないのに……

 

 

 

事の始まりは……ある船(リアル船ではない)とやらに乗りましたところ、とんでもない経験をしました。

 

 

 

で、そこから寝れない日々が続き、食欲も落ち….
こんなにまで精神的ダメージを受けいてたんだという実感。

 

 

 

昨夜はやっと、一旦ホッとする自分を感じたのですが、やっぱりそう✨すぐ眠れました。

 

 

 

 

さて、

 

誰かをやっつけたい気持ち、
強い怒りの気持ち、

 

人間なら時に起きるかと思うんですね。

 

 

 

 

たとえば、

 

自分は犯罪を犯していないにも関わらず、事実を歪められ犯罪者として逮捕されたら?

 

 

 

 

これほど腹が立つことはないんじゃないかな….。またその現状が続くほど悲しみを感じるものかと思うんですね。

 

 

 

 

実は私、今回の船とやらに乗る前にも、
自分の身近な存在の人からこれと同等な出来事が起きてました。

 

 

 

 

例えの表現で使いますけど、
犯罪してないのに犯罪者のレッテル貼られたら、「まぁ…人にどう思われてもそれぞれ捉え方は違うんだから仕方ないな〜」‥‥とは、私はならないです。

 

 

 

 

どうにかして真実を知ってほしい、
私は犯罪者じゃない!! って訴える。

 

そう、だから私はそう働きかけました。

 

 

 

 

でも、無駄でした。

それはもうそこで自分自身の決着をつけました。(やれることはやった)

 

 

 

 

この世で生きていくルールがあります。

 

 

 

この世というのは太陽は太陽であって月ではないように、白色は白色であって黒色ではないように、結婚は結婚であって離婚ではないように、【答えが一つに定まる】ものがたくさんあります。

 

 

 

それとは違う部分、派生してくるのは「出来事に対する捉え方」です。

 

 

 

わかりやすいのが離婚。

 

 

 

ある人にとって離婚は悲劇であっても、
ある人にとっては離婚は幸せってこともある。

 

 

 

ですよね?

 

 

 

 

先日、親友から教えてもらった話があります。

 

彼女にとって師と仰ぐ先生から教えてもらった話だそうです。その先生は私も彼女を通じて先生のご本を持つことだけでも、これまでどれほど私が助けられたかと….いう存在のお方です。

 

 

 

例えば「事故」があるよね。

車が横断歩道を歩く人をひきました。

引かれた人は血を流し倒れています。

にも関わらず、ひいた本人は目の前の負傷者の助けを呼ぶことなく、

その救済には目もくれず

 

 

「え、ひき逃げするつもりなんてなかったんだよ」

 

 

「そう言われちゃうなら今度から気をつけよ~っと」

 

 

 

と、ただ独りよがりの反省だけをして運転を再開して去って行った。

 

 

そこに残ったのは、
ぐちゃぐちゃの現場と血まみれの負傷者。

 

 

事故じゃない、もうこれは立派な事件。

 

 

 

 

まさに、私たちが今回船で体験したことそのまんまなのでした…..。

こういうことを自分自身が受けたら、

それに対してあなたならどうするでしょう?

 

 

 

 

運転者一人がおかしいだけならいいんですよ、その人の人生なんだから別に、どう生きようが。

 

 

 

でも、他人を巻き込み、そのけが人を放置したままってどういうことだ?と心ある人間ならそんな気持ちが起きるのではないでしょうか….

 

 

 

 

だいぶ、揉まれました。

それ以前から私個人に起きたことが引き続きながらの今回の船とやらの出来事はあまりに被っており….正直心の根っこがなんども折れそうになりました。

 

 

 

 

今に至るまで、自分の軸を何度も確認しながらでないと、向かうべきことに向かえないので、そこを確認しながら奮い立たせながら自分に決着つけるためにやることをするのみでした。

 

 

 

でも関われば関わるほど…..

気持ち悪くなるだけのものでした🤢

 

 

 

そして今私にあるのは、ひとまずやれることのをやりきり、一線を引いたことによる安心感と同時に、これほどまでに気持ちの悪い思いをしたのは今まで生きてきた中で最大だったということ。

 

 

 

 

運転手が仮に、本当に我々に誠意を持った謝罪ができたのなら、まだ、違ったかもしません。

 

 

 

でも、仮にそうであっても現時点まで「こと」を引っ張り、隠し切ろうとしたその態度や、また他の人にあったその他の被害の大きさ、また彼らのやり方には私自身もともと疑問があったこと……こっちの方が大きいため、私は違うステージに行くことには変わりないけれども。

 

 

 

にしても、本当に疲労し、本当にくたびれた😑

でもこれも学び。

 

 

 

このことに対して私の言動のエネルギーの源には怒りがある。でも決してその怒りは不当な怒りではなく、愛の基であることを、自分自身が見失うことなくこれからも進んでいこうと思う。

 

 

 

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