yoshida-kaori.com

こんにちは!かおりんです。

(私のプロフィールはこちら→私について
 

 

「学ぶこと=スクールに通う、お金を払い講師に習う」こういう設定の上だからこそ自分に得られるものがある訳ではなく、結局は日々の自分の実践でしか身にはなって行かないです。

 

 

だから、
日々の実践、ここが本当に学びの場。

 

 

そういう意味では講師などの存在は自分の気づきのエッセンスであり、それを「自分が」どう活かすことができるかの方が重要。

 

 

 

実践にこだわるからこそ、
体現できる。

 

体現があるからこそ、
人生豊かと言える。

 

 

そう思います。

 

 

自分の視野だけで右から左でスルーするのでは何も得るものはないです。逆に得るものは否定思考だったり。

 

 

 

もう一度書きますが、

 

 

実践にこだわるからこそ、
体現できる
✨✨

 

体現があるからこそ、
人生豊かと言える
✨✨

 

 

 

 

でも、その体現したいものは

一体「何??」かを

自分の中に持つことがすごく重要だと思います。

 

 

 

 

私が大事にしたいのは自分の求めるものを持つこと🐷

 

 

 

 

そこで求められる大切なことは、

「現実的なこと」と
「目に見えない部分のこと」

このバランス。

 

 

 

スピリチュアル(天との繋がり)に偏ってしまうと、フワッとしすぎてしまうので、現実での力(地球に生きる人間としての地球力=コミュ力や行動力)が弱まります。

 

 

こういうのを
「グラウンディングが弱い」
と言います。

 

 

 

現実的なことがおぼつかないぶん精神的なことに向かいやすくもあり、結果的に精神世界のことでしか物事を見れない。

 

 

 

これ非常に偏ってます。

 

 

 

こういう場合、病気になった人や事故にあった人に対しても、「それで良かったのよ〜」「何かの意味があるのよ命があるのだから学びなさいということね」とか「死んでも向こうの世界が本当の世界、魂は永遠なんだし大丈夫よ」とか….そっちの感覚が強くなってしまいます。

 

 

 

 

この言い分は最終的には正解と言えますが、でも…..

 

 

 

どれだけ天と繋がり精神性高かろうが、

 

 

誰もが「感情を持つ人間」ということ、誰もが所詮「人間」、ということを….忘れちゃいかんのでは?と思ってます。 

 

 

 

そこを大事にしないことで「現実を生きる人の気持ち」がわからなくなってしまいます。(=自分の気持ちがわからない)

 

 

 

 

「それは悲しいよね」とか「そんな腹立たしい思いをしたんだね」「どれだけ死んでも魂は永遠であると知っていても、いた人がいなくなる寂しさは辛いね」などという人の気持ちの部分、そこがすっ飛んでしまう…….。

 

 

 

そこを落とし込めてないことから、本当に気づくべき点も見えないまま全て綺麗事でしか終わらない。

 

 

 

だから、

「スピ」に偏る人も、

「自分の気持ち」だけに偏る人も、

 

 

 

すっ飛んでる感が半端ない………。

 

 

 

 

ニュートラルな位置で全体を知ろうとしない限り、

 

 

『自分の目指す目的地』

 

 

が歪んでしまうことも大いにあるということ ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

自分の人生に対して中立的に

「自分」の求めるもの、目指すものを

 

 

 

 

あなたは持ってますか?

 

 

 

 

 

私はこれからもそこは求め続けたいです。

 

 

こういうのは自分の内面を広めていかない限り、見つけていくことってできません。

 

 

 

 

なぜなら現実での自分の行動、感情、その背景にある思い、を自分自身で理解し、自分の内面にあるものを知らない限り、精神性は高まらないです。

 

 

 

 

そうなると、
今度は逆の現実物質主義に偏る。

 

 

 

今だけ自分だけ良ければいい

 

お金さえ得られれば幸せになる

 

 

 

 

唯物論者は全てを物質基準でしか捉えていません。

自分の損得でしか物事の基準を持っていません。

 

 

 

 

そういう点から、お金依存、セックス依存、他者依存などの依存傾向が強くなり、その欲望の中で権力あるものとないものが必然的に引き合い共依存関係が生まれるのもここ。そういう傾向がある。

 

 

 

 

私はお金は欲しい!

でも唯物論者の生き方は望まないです。

 

 

 

 

逆に、スピ好きはまっすぐ天に上昇しちゃって「現実」を豊かにすることがおぼつかない傾向にあり。

もともと一般社会は感情を出すことを悪としたり、善悪の判断を基準でしか物事を見ない傾向が色濃い中、スピに偏ることでより濃くなる傾向がある。

 

 

 

 

私自身は、社会の奴隷システムにスケジュールされて搾取されながら押さえ込まれた収入しか得られない生き方が嫌で、お金という現実を動かすことの行動を、その道の成功者にならって続けてきて今があります。

 

 

 

この行動をしてきたことにより
今は社会の奴隷システムから抜け出た場所にいます。

 

 

 

継続的に自分のマネーシステムを作っています。
普通に働くのではあり得ない収入を得てます。

 

 

 

クワドランドいうと右側。

嬉しい。これは純粋に嬉しい。

 

 

 

 

お金という物質、現実的な変化を成すこと。
これはイコール生きることです。

 

 

 

この力は「お金なくてすごい貧乏だけどこれが私の運命なの」と言いながらも、心の中ではこんな苦しい生活嫌だと嘆くような偽りの精神があると、当然現実を動かす力なんて湧いてきません。

 

 

 

 

でも、これが自分の幸せと思える人はそれが幸せなんです。人それぞれ幸せは違います。お金さえあればなんでもできる!、と本質的なことに触れることのない現実物質主義者も、「自分がそれで幸せ」と思うのであればそれはその人の幸せです。

 

 

 

私は精神世界と物質世界のどちらかに寄るでなく、その中で自分の目指したいものを見つけ続けたい。

 

 

 

あなたも自分で自分の可能性を開き、
本当に自分の求めるものを目指していきましょう。

 

 

 

継続的にブログを読みたい方はこちらからご登録どうぞ🐷

 

収入もコントロールできる