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あなたのナマエは何ですか?

私は吉田かおりです。
この名前があるから私を私ですと伝えることができるし相手に私の存在を認識してもらうことができます。そして、ブログを書いて私なりの表現をしていくことで認識してもらいやすくなる。

 

表現をすることで吉田かおりがどんな人間なのかのを少しずつでも知ってもらえる。そして私が本当に伝えたいこと、それを伝えるにはある程度の感情表現なしには伝わらないと思ってやってます。
人間なんだからそこが大事だと思ってます。

 

別に誰かに好かれたくて自己表現してるわけじゃないですからね。
あと文章書くのは集中できることなので好きです。でもただ単に好きで楽しいから書いてるんじゃないですよ。書けない時には全然書けません。自分の中でおりてこない時には書けない。これっ!というのが。

 

そういう時は、日常の中でふとおりて来るものをまったり、本を読んだり。

 

で、ふっときた時にドバーーーーっと書きます。

 

読んでいただいていたらわかりますよね、私のブログは結構長いです。
ヒーリングなどでは、メールでアドバイスをすることが多いですが、その内容も結構長いです。

 

私の考え、私の体験してきたこと、私のできること、それらの何かが誰かのお役に立てる。「病気に囚われたくない、症状に苦しみたくない、幸せになりたい、喜び豊かに生きたい、本当に自分を掴みたい、自分を良くしたいそう求める人のお役に立てるよう、色んな角度から表現を続けるのみです。

 

「○○ちゃんのママ」

子どもを通じて友達になった数名のグループ。もう今から数年前の話ですが、そのグループに飲み会のお誘いをいただき参加した時のこと。

 

10年来のママ友なのに、お互いのことを「●●ちゃんのママ」としか呼ばないことに私は相当驚いた!!!

 

で、もっと驚いたのはみんな相手の「苗字」と「●●ちゃんのママ」ということは知っていても、下の名前までは知らなかった、ってこと!!

 

目の前にいる友達を呼ぶとき、いったんその相手の「子どものナマエ+ママ」って‥‥?「あなた」はいったいどこ?って思いましたよ。逆に●●さんって苗字でいいじゃん‥‥。

 

当時その飲み会で初参加だったくせに私は思わず、改めて自己紹介して呼び名を決めようなんて提案。だってー、10年付き合いを続けて飲み友達にまでなっているんだもの。せめて相手のフルネーム知ろうよ〜

 

でもその時、結果的にみんな下の名前を言い合いっこしながら、妙に照れちゃったり、たかが名前を知っただけなのに、すごい大盛り上がりでしたね。

 

人間関係の意味

「●●ちゃんのママ」という言葉がマズイ!という話ではありません。子どもが小さいうち、基本、子ども同士の関わりがメイン。で、そのそばにいるママたちは、浅く広い人間関係という付き合い方の時には使いやすい言葉で適していると思います。

 

あと、全く別の意味で「ママ」とか「かあちゃん」って呼ぶ友達が私はいますが。(かあちゃんとかママって呼び方がしっくりきて親しみ感じちゃうような存在。あなたの周りにはいません?)

 

 

ママ友というのは基本、「自分の子ども」つながり。

そこから親同士の友達関係に発展していく(親同士の関わりを色々と持つように発展していく)のなら、関わり方を変えていく方が自然のことじゃないでしょうか。

 

それをしないままでいると、基本的に「自分を持つ」という本来当たり前のことをいつも置き去りにしてしまう状態が習慣化されちゃいますよ。

 

 

主婦が社会から取り残された感じがあるとか、社会の中で劣っているように感じるのは、こういう風に子供基準でしか物事を見れないからです。

 

子供が大きくなったり子供を超えた人間関係になっても自分を持てないからです。

 

こうやって、どっぷりと主婦に浸かった状態が長ければ長いほど、実際のところ社会の中での振る舞いがわからない。名刺交換の仕方すらわからない、社会的に、ビジネスの場で相手とどのように関わると良いのか、礼儀がわからない。こうなっちゃうんです。

 

自分を持つことで相手との違いへの理解を深められる

豊かに喜びを感じられる生き方とは、自分の気もちをごまかさず、「伝える」ことの努力は必要です。そしてその自分の行動を通して初めて、「相手とのギャップがそこにあったのか!」といったことにも気づけたりします。

 

先日の朝の出来事ですが、

私がパンを焼く用意に入る前に、夫に一声かけました。

 

まず、
テーブルの上に食パンが置いてある状態。
少し離れた所にトースターはある状態。

で、私はトースターのすぐ側に立っている。
で、夫はトースター(の横の冷蔵庫)に向こうから近づいている状態。

 

このタイミングで・・・

私:「パン、いい??」

 

と声をかけたんですね。文字にすると言葉省きすぎだってことはよくよくわかります。。。パンの何に対して「いい?」って聞いているのか、これじゃ伝わんないですよね。同じ目線にずっといたわけじゃに人に対してこれはないなぁ‥‥。

 

 

えっと、
私の中の省いてしまった部分を付け足すとこう↓です。

 

「パン焼いてもいいタイミングかな?」です。

 

でも、夫は飲み物を取りに行こうとテーブル(パン)のそばを通った時、トースターの近くにいる私に「食パンを焼いてくれる?」とお願いされたと思ったそうです。

 

夫の気持ち的には
「え?‥‥かおりがそこにいるなら自分でパンをセットすればいいじゃないの?(イラッ)」なんですね。

 

言葉にそれを出さなくとも、短い一瞬のことなんですが夫はそれがしっかり顔に出ており、それに気づいた私はすぐさま、

 

「あれ???あ!違う!ぜんぜん言葉足りてないね、ゴメン!パン焼いていいかタイミングを確認しただけなの!」

 

と言葉不足を謝りました。

 

 

こんな出来事があったその日の夕方、これまた面白いことが起きました。

二人で移動中の車内での会話。

運転手は私で夫が助手席という状態。

 

夫:「そこ右」

 

私:「え?!なんで??」

 

夫:「え?右だよそこ」

 

私:「・・・・?」

 

夫:「右!」

 

私:「はぁ?・・・
  ・・・あっ?!わかったこれ左じゃん!?」

 

 

この二人が何を言ってるか、
どんな発想ができます??

 

 

最初に夫が言った「右」とは、実は「今走っているレーンは右折レーンだよ」なんですなぁ。でも運転している私は「そこを右折するよ」と言われたと思ったのですね。

 

でも、目的地へ行くにはそこを右折しません。
直進のはずなんです。
だから「なんで??」と聞いたわけ。

 

ようやく最後に

「今走ってるレーンは【直進レーン】ではなく【右折レーン】ってこと!だから左に車線変更して直進レーンに移らなきゃ!」ということがわかりました。夫の言っていることがなんなのかをようやく理解できました。
(この道は、右折レーンが3レーンもある場所なんですよ)

 

 

人と人、どんなに仲深い関係であろうが、夫婦であろうが、恋人であろうが、親子であろうが、自分の感じ方と相手の感じ方は人それぞれです。その人が何を優先的に捉えているかは本当に人それぞれ。

 

相手と自分は違って当然だということ。

 

この違って当然だということを前提に理解しておかなければ、人は「伝える努力」なんてものが存在しなくなるんですよね。

 

わかってもらえる

わかってくれる

わからないわけない

 

こんな決めつけが一番面倒なんですね。

相手からもらおうとしてばかり。

 

「自分の思いは相手に伝わってる(わかってくれてる)」という勘違いを繰り返していくことで、その人間関係のわだかまりは大きく固まっていきます。

 

そのわだかまりに気づいた時には、時すでに遅しということだってあります。「とてもじゃないけど相手をわかろうとする気持ちになんて到底なれない」というように。

 

自分と相手の違いをきちんと理解しあうことなく過ごしていくと、いつも傷ついているのです。いつも心が傷んでいるのです。でもそれは本当は相手から痛めつけられているのではないのです。相手から「もらおう」としてばかりでいたこと、ここがもっとも因なのです。自分の傷を深め、自分のすべきことを見失っていくことになるのは相手に求めるだけになっていることから始まります。

 

 

 

 

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