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こんにちは!かおりんです。

 

 

 

最近この呼び名でブログを書くことにしました。WowAppだけで使っていた私の呼び名ですが、ブログでもこっちで使用することに、な〜んとなく変えました。

 

 

 

さて、そんなことはどうでもいいのですが…。

 

 

 

今日は与えるということ
について考えてみました。

 

 

 

 

なんでそんなことを考えることになったか?は、今回大物の方たちと一緒の時間を過ごしたことで、ふと。です。「与える」という言葉が降りてきたから。

 

 

 

 

大きなことを成し遂げている方というのは、現実的に、金銭面でも豊かです。

 

 

 

この金銭的豊かさというのも千差万別。

 

 

 

年収数千万円あれば「豊か」ともいうかもしれませんが、私の共にした大物の方達とは、その数千万など数日あれば稼げる人たちです。

 

 

 

 

なので、おそらく‥‥
一般的には「自分のそばにそれだけ稼ぐ人がいる」ということすら珍しいのかもしれませんし、嘘だと思われているのかもしれません。

 

 

 

(まぁいいか、そんなこと)

 

 

 

で、そのような大物の方たちと身近に過ごさせていただき、「与える」っていうのはまさにこれ↓だなぁと感じたのです。

 

 

 

 

”be”からくる「与える」は、いたって自然でニュートラルなことであり、与えている本人は「与えている」という意識すらない。

 

 

 

まさに、大物の方というのはそれです。

 

 

 

だから「与える」ということが、「自分」と「イコール」になっている人。

 

 

 

 

でも、そうでない方の場合‥‥
おしつけがましく見えたりいやらしく見えたりするのです。

 

 

 

 

それって”do”からくるものになる場合がそうなのだと。

”do”からくる与えるは、すでになんらかの下心が存在している。

 

 

 

 

だから、「するべき」から‥‥「与える」が作用される。

 

 

 

 

そうなると、「これだけ与えてあげたのに」などという気持ちの悪い言葉が存在してくるようになる。

 

 

 

 

もっかい書くぞ。

 

気持ち悪いんだよ。

 

 

 

はい。

 

 

 

 

でもね、下心が悪いって言いたいんじゃないんです。

 

誰だって下心起きるときもあるさ!

 

 

 

 

人間そういうもんだ‼︎w

 

 

 

 

そういう時は素直に「欲しい」ということをアピールすればいいんじゃないでしょうか。

 

 

そういう自分のアピールができる人こそ、またそれは自然だと思います。

 

 

 

 

 

今日はなんとなく英語の勉強をしようと、ふと目にした「be動詞とdo動詞の違い」という動画(中1の皆さんのための動画)からヒントを得ました。

 

 

 

実は、降りたのもここから。w

 

 

 

最近、私のLV1の中でも、自分でLV1を始めた方がちらほらいます。

 

 

昨日JAをスタートしたばかりの方も、「私もブログとかで発信した方がいいんでしょうか?」と前向きな質問をいただきました。

 

 

 

うん、ぜひ進んでしてきましょう。

 

 

 

 

Beの与えるになるには、自分が楽しんでいることが前提です。

 

 

 

つまり、自分自身の行動が伴っていない人にはワクワク感はありません。だから人に与えることも難しいです。なんでもそうですが、受けとる側でいるだけでなく、発信側になることで世界が大きく変わります。

 

 

 

 

そして、あくまで情報発信は告知に過ぎず、勧誘ではないことをご自身で理解し、賛同する人が集まればそれで良いだけです。

 

 

 

自分が発信を始めることで初めて自分事になっていきます。つまり、自分力がついていきます。