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プライド(pride)という言葉は「誇り」という意味ですが、英語でいうプライドと日本語で訳した誇りというその言葉には大きな違いがありますよね‼︎だって、「このプライドが邪魔をしてうまくいかない‼︎」とは言っても、「この誇りが邪魔をしてうまくいかない‼︎」なんてことはないんだよねー。

信念とプライド

こんにちは!吉田かおりです。

 

人は誰もが「自分が信じているもの」を持っていますよね。
強く固く信じ持っている心を「信念」と言いますが、それは意識的なものだけではなく無意識的なものもあるし、またあらゆる言葉で存在します。つまり信念は多種多様にあるということ。

 

それら自分の信念について、意識的でなおかつ「これは譲れない」みたいなもの、「あなたの確固たるもの」もあるかと思います。こういうのが「プライド=誇り」になっているものもあるかもしれません。

 

でも「これは絶対譲れない」というそのプライドが、
結果的には『裏目』の感情と行動に反映される場合もあり。

 

 

なぜ自分の確固たるもの「プライド=誇り」と言えるものが裏目に出る場合があるのか‥‥。

 

それは、「強く固く信じているその信念」は絶対化されていますから、それをすべての人にそう認めさせたい‼︎と、他人の思考を強く管理したくなることから起きます。そうなっている時がまさに「プライドが邪魔をする」というやつ。決して「誇り」とは言えない。全く別物だー。

 

他人と比較した上で「譲れるものか、負けられものか、私の方が絶対正しいのだ」と、それを「証明してやりたい」あるいは、「相手を見下して切り離す」こういう在り方になるわけで。

 

このあり方は、『どうでもいいプライド』から来るのよね。
他者と比較した上で起きる意識が「(どうでもいい)プライド」であるわけで、これは「誇り」とは全く別物。

 

 

実は、私もこの「どうでもいいプライド」が強い人間でした。
負けん気が強いくせに臆病。

 

この負けん気も、自分を高めるために持っているのなら良いわけだけど、ただ目の前の相手に負けられないとか、そいういうレベルで戦っている限りじゃ本当にどうにもならないんだなぁということ。

 

その後の私は大人しくなって、逆に臆病に変身したのですが、それは、神聖な学びや知性的な学びをしていくうちにただただ負けん気の強さを抑圧しただけのこと。私にとっては自分の向上へはなんの意味ももたらせませんでした。(ワンワンキャンキャン吠える犬って臆病だからそうなっちゃうわけだけど、それと同じだぁよ)

触発された私の問題

以前来て頂いたお客様はクライアント様のお知り合いの方。
クライアント様が「Aさんは職場で色々あるその状況‥‥、吉田さんと関わることでなんとか良い方向に向かえば」との思いを持っていただき、半ば強引に?連れて来てくださいました。

 

Aさんからお話をお伺いしていくうちに、Aさんの意識レベルの高さ、いわゆるプライドの高さがすぐにわかりました。実際仕事においてもやるべきこと、こうあるべきこと、それらが他の方よりも「見えて」おられるご様子。ですから、『能力の高い出来る方なのだな』という印象です。

 

ただ、そのプライドの高さゆえ、
他者との関わりがうまくいっていない。

 

Aさんのそんな様子がみえてきました。

 

 

Aさんの思考パターンとして、すぐに「分かってもらえない」と判断し、「相手を見下す(切り離す)」という行動パターンができていること、ここがAさんの問題(自分で解決へと取り組めること)であり、そのことについて話を進めている途中だったのですが‥‥

 

話を進めているその途中‥‥
Aさんは、まさに職場でやっていることと同じような状況を私との関わりのなか起こしました。

 

つまり、
私を見下し切り離そうとしたのですね。

 

Aさんの言い分は、「信頼関係が築けていないうちからクライアントを否定するようなことを言うあなたは私にはもう無理」言葉は違うけれどこのようなこと。

 

 

そう私に向かっておっしゃるそれを私は、自分の未熟さとして受け入れようとしたと同時に、その時の私には別の私の存在も。

 

そもそも私は、一体どこでAさんがそのようなことをおっしゃる状態になることになったのか意味がわからない状況でしたので、おっしゃったその言葉をそのまま受け入れると同時に、私の中で感情が波打った‼︎‥‥わけだっ‼︎

 

 

感情が波打った時、二つの思いがあった。

 

一つは、Aさんと同じように「もうこれでは無理ですね」と相手を切り離すこと。これは私のどうでもいいプライドからくるもの。

 

で、もう一方は全く別。
私の中の気高さへと繋がるもの。

 

 

前者の「切り離す思い」が自分の中に存在することに気づいた私は「まずい、これは私の問題を触発された。この人を私から絶対切り離しちゃいけない。この人を私から絶対に見放しちゃいけない」とすぐさま思ったのです‥‥。

 

 

感情って素晴らしいです。
本当に振り返るとそう実感します。

 

あの時「なぬ!?」と腹が波打つような感情から、私はこのような自分の意識の存在とともに気高さと繋がる行動へと向かえたのだから。

 

 

私はAさんに、一体なぜそのように私を思ったのかのために探りを入れ始め、先ほど話していた内容を一つ一つ確認していくと、大きな大きな誤解があったことがわかりました。私のする「たとえ話の中の話」に対して、ご自分のことを否定的に言われたと、そう捉えられたということがわかりました。

 

まずその誤解を解き、ひとまず私の中でも「?」だったことが解決でき‥‥改めて感じたのは疑問に対して行動することって、こういうことなんだよなと。

 

Aさんはご自身の問題認識の自覚を深め、
大元の原因までもがここにきて炙り出されました。

 

 

被害者意識の存在、
その存在の裏にある意識‥‥‥

 

すぐに「分かってもらえない、分かり合えないと、諦める癖」。
「傷つきたくないから相手を見下す」というパターン。

 

 

 

必要だから起きたアクシデントだったのだなと実感。
体験することの意味、体験することの重要性、感情の重要性、それを少しでも分かち合うことができたと感じるようなセッションでした。

 

 

相手に対して何かカチンとくること、感情が過剰に動く時とは、ほぼ間違いなく自分の中にあるものを相手を通じて見せられているということはおおいにあります。

 

ただ相手を嫌い、ただ相手をみくだすだけの繰り返しでは、自分自身には何の喜びにも反映させることはできませんからね。

 

 

 

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