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劣等感って、他人と比較してその他人よりも自分って劣ってる、と感じる気持ちのことですが、これは本当に面倒な感情だなと思います。
なんで劣等感が強まるのか?というと、自己否定しているから。自己否定してるから自己卑下が始まっちゃいます。


acworksさんによる写真ACからの写真

自分は変でオッケー!

心と体のセルフアップサポート専門
吉田かおりです。(私のプロフィールはこちら

 

 

自己否定、自己卑下していくのも、「自分は変でオッケー!」と認められないないからじゃんね。それができないから、他人と比較して劣ってる私はダメ、となる。

 

「自分は変」って認めないからと言って、周りに適応してみたところで自分のその「変」って消えますか??

 

 

消えないのよ〜〜〜〜〜〜‼︎

 

消えないのよ〜〜〜〜〜〜‼︎

 

 

消えたように思えてる場合は、
恐ろしいことに‥‥感情麻痺が
起きているだけなのよ〜〜〜〜〜〜〜‼︎

 

 

 

消えないのに消えたように見せることで、そうやって自分に嘘をついて自分を隠して過ごすから、不満が増すんじゃい‼︎(誰キャラだ?)

 

 

ふーーーー。
(ハイひと呼吸おこう)

 

 

もうね、そうやって隠すのやめましょうよ。うん。

それしかないですよ。
隠しちゃうと、「隠れてる」わけだから、

 

それを超えるタイミングなんて訪れません。

 

 

ん?

 

「それを超えるタイミング」って???

 

 

それが、
『もっとオープンになる』その機会ってことです。

自分のそのまんまを、ありのまんまをさらけ出すってこと。

 

 

いいじゃん、それで。
「変」をさらけ出せばいいじゃん。
「普通と違う」ってことで全然いいじゃん。

 

一体それの何がまずいの?

 

変でいい。

変態でいいのよ。

あなたは変態で合格!(笑)

(変態にまでしなくていいか?)

 

 

そう、

でもまじでね、イメージしやすいように変態(男性)で書きますけど、自分の変態っぷりを隠して気になる女性に普通っぽく見せようとするから気持ち悪くなっちゃうんだよね。まぁ、変態というとなんかわかりにくいかもしれないので「オタク」をイメージしてもらうといいかな。

 

 

オタクって自分のハマれるものを持っているわけだけれど、「モテないオタク」と「モテるオタク」ってどうもいるみたいなんですよね。

 

 

えっと、、、たとえば
「オタク男性」と「ど真面目な男性」。

 

この二人しかあなたの目の前にいなくて、どっちかを好きになるとします。どっちを好きになると思いますか??どっちともやだぁ…じゃなくて考えてみてね。

 

 

一応、ここでの
【オタクの定義】を以下としますね。

 

自分の好きなこと、没頭できること、趣味、を持っていてそれにハマってる状態。でもハマっててもちゃんとよその世界の人とコミュニケーション取れる人。

 

※オタクのマイナスイメージにあるのが、二次元キャラクターしか好意を持てない、よその世界の人とのコミュニケーションが全くダメ、などありますがそれは「なし」とします。

 

 

 

【ど真面目な人の定義】は以下とします。

 

律儀で優しくて誠実で真面目。自分の好きなことや趣味があまりない人。

 

 

 

どうですかね〜〜?

 

人それぞれですが、

私ならオタクの方がいいです。

 

「自分の好きなことはこれだっ!」ってものがないって、自分を持ってないのと同じくらいに私は感じてしまうからです。自分の好きなことはこれ!というのを持っている人は、自分に自信も持ち、誇りさえ持っていると思うから。

 

仮に「自分の好きなことはあるけど、でもちょっと変な趣味だから隠しておこう」「みんなと同じようにしておこう」となっちゃう場合、その人の本性が発揮されなくて素晴らしい出会いもその時点で失っているように思う。
(TPOがあるからそういう関わりが必要な時もある。でも、プライベートでもそうやってしまうような場合は残念ってこと。これがモテないオタクってことかな。

 

自分の好きってこれ!を持ちつつも押し付けずに相手とコミュニケーション取れるってことがすごくすごく大事なこと。

 

自分の好き!がないと普通はこうだとか一般的にはそうだとか、そういう型の中でしか過ごせないですよ?私はそれはつまんないと思う。

 

整形したからってだからなんだ?

「過去、顔の整形をした」という人が、いつまでもそのことに引っかかっているように重たい口を開きました。

 

「私、実は‥‥整形してるんです‥‥。」

これを今まで誰にも言えずに隠してきていることが今メンタル的にきつくて体調不調となってしまった要因になっているのかしれない‥‥と言った意味を含めて開示してくださった。

 

整形していることを私に伝えるのも、とても怖がっていて、怖くて怖いけど、なんとか重たい口を開いた、というご様子。

 

 

こんなこと(整形なんぞやを)をしてしまって、誰にも言えやしないと思っていたけど、隠してることが余計に不安を増してしまっているのかも‥‥そんな思いを持って開示したようです。

 

 

「本当に驚くと思います、本当に、本当に、すごいことを隠してるんです・・・」と何度も何度も念を押してくる相手に対して私は「前科者なのかな?」と思ったくらいでした。

 

 

整形したと聞いた私から言わしてもらうと、

「ほぅ、そうなんだ‥‥でも、なんだそんなことで???」

「整形をしたってことがそんなに問題????」

 

なんですよね。

 

こういう場合、
隠していることを開示したからって楽になるってもんじゃないです。

 

 

自分が自分を変えたくて、良くなりたくて、もっと自信を持って過ごしていきたくて整形をしたんなら、整形後は自分にあったコンプレックスを乗り越えられたわけですよ?!ならば、もう堂々と自信を持って自分を表現しあらゆることを好きなだけ取り組める‼︎。もう楽しくて仕方ないだけじゃない‼︎?

 

なのに、整形したということを隠しているから今こう(不安定)なんだ、とかそいういうのは後からこじつけただけ。

 

 

整形をしたことによって結果的に「自分を偽っている」という罪悪感が生じるのは、自分がなんのために整形をしたか?というここが「自分」にないからです。
「人によく見られたい」「整形さえすれば人から好かれたり大事にされる」なとど思い込んでいるからです。

 

「自分」がどうしたいという
その主体性がないからです。

 

そういう自分がないと、劣等感ばかり高まります。劣等感が強い人って、どうでもいい些細なことですぐに「自分」が「傷つけられた」と感じてしまいます。

 

戦う場所は不調症状じゃない

以下は「自己否定ばかりの人生だった」と、今年に入ってようやく気がついたとおっしゃるクライアント様の遠隔ヒーリングでのアドバイスです。

 

 


一つお試しなのが、お涙ちょうだいではなく、

 

「なーんてバカだったんだ‼︎全くやってらんないぜ‼︎人生限りあるというのにもったいない‼︎・・・もう笑うしかないな!ガハハッ‼︎・・・くーっ!もう40になっちゃったじゃないか!でも人生まだ半分以上はきっとある‼︎絶対そっちに反映させてやる‼︎」

 

とかって叫ぶのもありですよ。

 

気持ちが鬱になるような時、声に出して自分を持つために言ってみる。

辛いしんどい、という自分に寄り添うのではなく。

 

 

その意味を掴んで乗り越えるという自分への戦いの言葉でもあるのです。

自分への戦いは、やめると人はもう進化しません。

生きていくということは、ある意味戦いなのです。それは決して病気や不調症状と戦うのでありません。

(それは必要だからおきています。)

 

 

戦うのは「自分を持ち」、悲しみも喜びも怒りも痛みも何から何まで起きることに対して自分を見失うことなく生きることです。それが豊かさであり幸せなことなのです。

 

自分を持たずして生きることで、ネガティブなものは全て悪として排除しようとし始めます。

でも、陰陽全ては一つです。

様々な経験こそ豊かさです。

いいとこ取りした人生は豊かではありません。

それは自然なことではないのです。


 

自分の「変」も何もかも認めて、その「変」に対して「他人に認めてもらおう」とする必要はありません。それは自分が認めさえすればそれで良いのですよ。自分が認めないから問題になるだけです。

 

 

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