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絆という言葉、311を機にメディアやあらゆる場所で見かける広告などで目にし耳にする機会が増えた言葉だと思いますが、絆、絆とその言葉を美化してしまわぬよう気をつけなければいけません。ただ美化された絆を重んじるあまり「みんな一緒」である事への安心感は個の力を奪います。

集団の怖さ

心と体のセルフアップサポート専門
吉田かおりです。
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美化された絆をなんとなく重んじていた当時高校生だった私を振り返ると、「学校の先生はみんな大嫌い」と思っていました。
学校の先生に限らず、「大人はみんな敵」
くらいに思っていたかもしれません。

 

グレてますねえ〜(笑

 

さて、当時の社会の先生をちょっとご紹介します。
彼の見た目は‥‥

スーツはいつも片肩がずれている。
シャツもズボンにきちんと入っていない。
きちんと入っている時もあるが、その時はやたらとベルト(ズボン)の位置が高く、「今トイレ済ませてきてきっちり入れ込んだのね」と思ってしまうくらいハイウエストきっちりシャツイン。
メタボなお腹が目立つ。
口がいつも空いている。(骨格の問題がおありのようで口を閉じられなかったと今となっては思います)
髪の毛はいつもベッタベッタ。
おじさん特有の匂い。

 

”清潔感に欠けたかなりダサイ奴”
といった認識をしていました。

 

正直にそのままの見た目を並べてましたが
やはり酷いですな‥‥

 

見た目の清潔感が欠けているというのは今も昔も変わりなく生徒から嫌われます。
今の若者たちから学校の不満の相談をよく受けますが、清潔感の欠けた教師は間違いなく嫌われてます。

 

そりゃそうです。
学生を教育する立場の人が不潔っぽく、
だらしない格好だと、
”生理的に受け入れてもらえない”という状況になりやすいですからね‥‥

さて、
そんな先生に対して学生時代の私はまさに生理的に受け入れられない!!といった思いを抱いていました。
「授業を教えてもらう」という意識なんて一切なし。
先生を完全に舐めていました。

 

クラスの多くの人がこの先生の授業では‥

 

隣同士でおしゃべり、
後ろの席の子とカード遊び、
教科書とは関係のないものを机に置いている

などなど‥‥

 

好き勝手し放題。

 

 

授業が進んでいるとは思えないくらい
結構不良なクラスイメージですよね。

 

そのイメージであたりかな。

 

そのような状況の中、この先生の態度はいつも一貫としていました。
その様子とは、

 


(ただひたすら‥‥)

自分の与えられた任務遂行!

 

そんな感じでした。

 

学生時代の私は、
”コイツ、自分一人だけ授業を進めてバカじゃない。
あんなんだったら音声録音して流すだけと一緒じゃない”

 

と、この先生に不満や否定しかありませんでした。

 

でも、ある事をきっかけに学生であった私は
この先生を見下している「自分」に焦点を当てていくことができました。

 

私は‥‥

「みんなでこの先生を見下してるから
授業もマトモに聞かなくても平気」

”みんな一緒だから安心”といった立場にいる自分がいました。

 

みんな一緒という絆に安心し、
一人の人間を完全に否定し見下すことが当然という意識がありました。

 

でもそこで、それがもし一人だったらそのような態度ができるのかできないのか。
そう考えた時、「できない」と思えたのです。
もっと違う関わり方をしていそうだな‥‥と。

 

そういった考えを自分に持てたのも、
ある一人の生徒の発言がきっかけでした。

一人の生徒のとびっきり発言

ある日の社会の授業、変な言い方ですがクラスはいつものように賑わっていました。
ただ、その日はいつもよりひどく賑わっていたのかな。

 

高校に入って私が一番初めに仲良くなった彼女は、色白で古風な顔立ち、話し方もどちらかというとおっとりとしているようなタイプでした。

 

その彼女が突然、
どすの利いた声で一声。

「あんたら‥‥ほんま
いい加減にしな!!」

 

「あんたら黙って聞いてりゃ‥‥
いつまでもウーダーカーって‥‥
・・・いい加減にしいや!!」

 

一瞬にしてクラスはシーン‥‥

それと同時に私の心中は
「コイツすご‥‥」

 

彼女のとった言動に対して私の心の中をスパーンと割られたような感覚と同時に、彼女をとても尊敬しました。

 

その後の彼女の周囲の人間が、彼女へとる接し方を見ても、そこにいたクラスのほとんどが私と同じように彼女に尊敬の思いを持ったのだろうと確信しています。

 

誰もが言わなかったことをはっきりと言ったこと、みんな一緒♪と偽物の安心の中、その縛りをぶち破った彼女は、自分の存在を明確にさせ、なおかつ人から一目置かれ認められる存在になったのは間違いありません。

 表現力の大切さ

彼女が発言したその言葉はちょっと乱暴な感じ、しかもドスの利いた声。
普段のものの言い方とのギャップが結果的に、さらに彼女の価値を高めたところもあります。

 

人ってギャップに惹かれものです。

キラキラしたことばかり発信している人もいますね。
素敵な感じ♪幸せな感じ♪知的な感じ♪感謝あふれる感じ♪‥‥

 

そんな部分ばかりを発信して、そうではない部分を隠している人、実はその”そうではない部分”を出せることによってあなたの本質的な輝きを放てるようになります。

 

高校生の時のあの彼女がもし、色々なことを考え、”誰からにも当たり障りのないように丁寧に物申してみよう”、と考えて考えて、そうしてようやく言葉を発したとします。

 

「みんな、もう少し静かにしようか」

 

そのような言葉でしっとりと発言していたら、
どうだっただろうか。

 

きっと

「なんなのあいつ、偉そう〜」
「優等生ぶってんじゃないよ」

 

ちょいワルの生徒からはこんな反感を買うことになるでしょうね。

それから、全く静かになることはないでしょうね。

 

この場合、あまりに周囲のこと、みんなのことを考えすぎているので、本当に伝えたいことが相手に伝わらない。考えすぎることでハートがこもらない。

 

コミュニケーションとは
「言葉」ではないのです。

 

その言葉の内にある「思い」がはっきりとしていなければ、その表情や態度が表現できず伝わりません。

”思い”が「自分」ではなく「周囲の人間」に向かうから、ぼやけてしまい何が言いたいことなのか

伝わらなくなるのです。

 

こんなこと言うとどうかな‥‥

嫌われるんじゃないかな‥‥

生意気って思われるかな‥‥

 

そうやって、考えるほど自分の思いがはっきりしなくなる。
だからどんどん狭い中に自分がとらわれ、当たり障りのない発言しかできなくなる。
当たり障りの発言しかできないから人に興味を持ってもらえない。

 

 

自分の感情を大切にし、思いを明確に持つことの大切さを高校時代の友達から改めて学べました。

他人との絆を求める前に、自分が自分との絆を強めてください。

そうしていれば、「絆を大事に!」と周囲の人とのつながりを過剰に求めようとすること無くなりますから。

 

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