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「アートマン」という言葉はヨーガの経典の中に出てくる言葉。
これは魂・真我・本当の自分・スピリットなどの言葉と認識されます。

 

アートマンは移り変わる心や環境などとは根本的に違い、変わることない普遍な存在です。

感覚からと記憶から情報を受け取る

私たちは五つの感覚を通して様々なことを認識してます。
今日が暑いか寒いかは肌で感じ、お風呂の湯加減もその触れた手で感じとりますね!

 

食べたものの味が薄いか濃いか、辛い、甘い、美味しい等、口に入れた舌で感じとります。
その空間にある匂い、鼻でかぐことで不快か快適かなどを感じとります。

 

感覚で感じ取った味や匂いなどにプラスして、その人固有のものがそこにくっついてます。

 

それが、過去に体験した出来事によって起きた【感情、記憶の印象】であり、それによってその人特有の感じ方をして目の前の出来事を認識します。私たちが目の前にみるひとつの出来事(リアル、真実)だと思うことは、みんなそれぞれ違います。そういった意味でヨーガはこの世はマーヤー(幻想)だというのですね。

 

例えば相手に不快な行為をされたとします。
それに対して、自分の心が【何に中心におくか】でその不快な出来事に対する反応に変化が起きます。

 

人は、自分の中心に置いているものの違いによって、「傷つけられた」とも感じたり、「可哀想な人だ」とも感じたり、「ほっておこう」とも感じたりと‥‥起きた出来事は同じでも人によって感じ方(経験)に違いが出てきます。

 

見るものと見られるものとを混合させずに切り離すためにも、「自分」と「内なる自分(=アートマン)」として、自分を一歩引いて自分から広がる世界を見て、最善の選択を選んでごらん、ということです。

 

 

 

避けるべく苦の原因は、見る者(プルシャ)と見られるもの(プラクリティ)の結合である。

(ヨーガスートラ2-17訳:Kaori

この肉体も心もあなたの本質ではない。
自分を経験するための道具なのだから。
だから、その道具である体や心、感覚と上手く関わり最善の選択が選び取れるようになるために、本質ではない自己(プルシャ)と離れ、自分の中にアートマンを見出しなさい。

(バガヴァッドギーター2-20 訳:Kaori

 

 

自分の生活の中心においているものは何か

七つの習慣(スティーブン・R・コヴィー著)は、さすが世界中に知られる著書だけにわかりやすく自分とは何者かについて様々な角度から書きき示されてます。

 

「自分の生活の中心におくものが一体何なのか?」
そこを見直してみると問題が見えてくるかもしれないと。

 

例えばあなたが夫や妻中心の生活をしていたとします。

夫は妻のためにと、そして妻は夫のためにと双方が相手のことをもっとも重要視して生活する様子は一見夫婦円満なイメージで幸せな生活のようにも思えるかもしれませんが、それは長期的にみれば相互依存の関係を深め、あらゆることが相手に左右され互いに制限をかけてしまうことになります。

つまり、自分の核となる部分に夫婦関係を中心にしてしまうと、強い情緒的依存性を絡み持つことになります。

 

お金や所有物中心の生活となると、他と比較し損得、優劣、といった見方に偏り、そういった判断基準をベースに生きることは物質に溺れ、出来事の本質を見抜く力は養われません。本当に大切なものを、お金や物のために失うことになる場合もあるかもしれません。

 

友達や他人中心の生活となると、自分のとる言動は他人の意見によってコロコロと変化してしまいがちです。
相手に依存的で自分らしさなどを持つことはできず、自分に大きな制限を与えてしまいます。

 

敵(あるいは味方)中心の生活になると、何かにつけてストレスを感じやすい体質になってしまいます。
敵だと思う相手に振り回されたり、相手が何をしているのかが執拗に気になり、”嫌な奴だ”と苛立ちながら敵を自らが追い回してしまいます。また、味方意外の人の意見を全く受け入れらずそこを切り離して孤立しまうことも起きます。

 

人は自分以外の外に特定したあるものに対して自分の中心を持とうとすることによって、本質的な自分を失います。
だからと言って自分中心だけとなるのも同じです。

 

七つの習慣の著書が示していることは、自分を理解するために、”原則”を生活の中心にしたパラダイムを見ようと提案します。

 あなたは、今夜奥さんと一緒にコンサートに行く約束をしているとしよう。チケットはすでに購入してあり、奥さんはとてもこのコンサートを楽しみにしている。約束の時刻は午後7時頃である。

ところが突然、上司に呼び出されて、明朝九時の会議のために残業して準備を手伝って欲しいと言われた。

もし、妻中心あるいは家族中心の眼鏡でこの状況を見ていれば、妻のことしか考えないと言うことになる。彼女を喜ばせるために、上司の欲求を断ってそのままコンサートに行くことになるだろう。あるは、業務命令だから仕方がないと感じながら渋々仕事をするが、彼女の反応が気になり、彼女の怒りにどう対応するか、または自分の決定をどういう風に正当化するか思い悩むかもしれない。

またお金中心のレンズで見ていれば、主に考えるのは残業代や今度の昇給に及ぼす影響ろう。・・・・

 仕事中心であれば、残業をすることによって新たに得られるチャンスについて考えるだろう。・・・・

 所有物中心であれば、もらう残業代によって購入できる物について考え始める。あるいは、残業することによって会社で自分の評価かどう上がるかを考えるかもしれない。・・・・・

 遊び中心であれば、妻は残業して欲しいと思っていても、定時に帰ってコンサートに行くことになるだろう。・・・

 友達中心であれば、友達をコンサートに招待したかどうかで結論が変わる。・・・・

 敵中心であれば、ライバルと差をつける機会とみて残業することになるだろう。・・・・

 宗教組織中心であれば、ほかの会員の参加予定やそうした人たちが同じ事務所で働いているかどうか、あるいはコンサートの中身によって影響される。・・・・
 自分中心であれば、あなたにとって何が最も特になるかに集中する。・・・・・

七つの習慣 スティーブン・R・コヴィー著(P174,8行目〜176,2行目)
(↓P176,14行目〜P177,1行目)

 ここで原則中心の人の持つパラダイムを見てみることにしよう。原則中心の人は、自分の直面している状況や時折の感情から一歩身を引いて、それぞれの選択肢を考えることができる。全体的にその状況からバランスよく見つめて、上司のニーズ、家族のニーズ、そのほかのニーズ、代替要素などのすべてを考慮した上で、最も良い解決策を打ち出そうとする。

 

【参考文書】

7つの習慣-成功には原則があった!

 

自分の生活に置く中心とは、あなたの主体性を引き出し力を与えるものであることが重要だと言うことです。

 

自分自身の内面を深く見つめ、自分の生活のパラダイムを原則と調和させることにより、自分に力を与えてくれる効果的な中心を持つようになる。・・・・・(P178,4〜5行目)

 

とあるように、著書が言う「自分の直面している状況や時折の感情から一歩身を引いてそれぞれの選択肢を考えること」ができるためにも、自分以外の人や物ではなく、まず自分をしっかりと見つめることが必要です。

 

自分の感じ方や考え方、記憶の印象のまずさ、認識の歪みに何があるのかなど知り認めることは、視野を広げ成長する時です。

 

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