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子どもは幼ければ幼いほど確かに知能も大人より低く、判断も悪く危ないことやとんでもないと思うことをしたりもします。
でもだからといって、大人が判断を間違えることなく失敗することがない、なんてこともないです。
なのに、大人は子どもに対してひどく偉そ振ります。

 

愛情を勘違いし、教育と支配をごちゃ混ぜにすると、子どもを奴隷のようにしか育てられず、結局は子どもを無責任な人間にしか育てることしかできないんですよね。

 

これじゃ(親として)ダメだ、子どもに本気でイラつく、そんな葛藤を感じられる方に読んでいただきたいです。

大人は絶対者じゃない

心と体のセルフアップサポート専門
吉田かおりです(私のプロフィールはこちら

 

大人(親)として子どもに伝えるべき事柄がたくさんあるからこそ、親は子育ての重要性を感じるもの。学校であれば先生が生徒を思って教育の重要性を感じられるものと思います。

 

でも、親であっても先生であっても、
「親(学校の先生)の言うことはちゃんと聞きなさい」
というような主張をして子どもに説教するのは変です。
まず、基本的にこれを普通としておられることはないかを確認して見てください。

 

ちゃんと聞いてもらいたいのは誰なのかというと「大人」の方です。
だったら聞いてもらえるようにするためには何が必要なのかを考え、そこに努力することが大人として必要なことのはず。

 

大人の言い分を素直に聞こうとしない態度=悪い子

 

大人のいうことはちゃんと聞くもの=正しい

 

そう決めつけ、子どもに対して頭ごなしに「言うこと聞きなさい」とか「ちゃんと聞きなさい」とか言っちゃってるのって能力使わなすぎです。

 

それともやっぱり‥
「だって親の言うことは絶対でしょ!」
といった思いから、そういう態度でいることは当然だと考えますでしょうか?

「子どもにとって親や先生とは尊敬すべき人だから尊敬するものだ」っていうのは、形から入っているだけ本当に尊敬なんかしちゃいないよね。
尊敬の態度は強制されてするもんではないです。

 

結構若い年齢の人が、
『尊敬する人はもちろん両親です!!』
って即答しちゃう人はなんか怪しさを感じます‥‥。

 

‥‥親に虐げられて育った人の中には、
親のことを悪くいうことができない人が多くいます。

 

親の悪口を言うと罪悪感を感じるから。
あるいは親を尊敬するいい子でなければ見捨てられる、などと言った強迫観念などがあるからです。

 

昔の私は親の悪口こそ言えはするものの、言うことによって罪悪感を感じるタイプでした‥‥。
この辺の気持ちはよくわかるのでこういう人と出会うと胸が痛みます。

 

しつけという名のひどい虐待を受けながらも、また施設での生活をしたことがある人も、このような(言葉だけの)親への感謝心を持っているのを目の当たりにします。友達同士の会話で友達が親の悪口をいうのを聞いて、「親をなんだと思ってるの?親だよ?!そんな風にいうのはよくない!」なんて説教したりして‥‥
そんな時が‥一番胸が痛いです。

一方通行のくせに愛と主張する親や教師

その場所に置いて立場が上にあるということを武器にして振る舞う人がどこの場所にもいるように思います。職場、学校、家庭‥‥。

 

私が実際に知る限り、教師という立場にあるにもかかわらず、他の生徒を巻き込みながら先頭になって一人の生徒をいじめるようなゲスな人間もいます。そんなゲス教師のいじめの対象になった子どもは、なぜそのようなことが起きているのか理解ができず、大人になってもそのときの傷を抱いています。

親以外の他者の影響とは、教師という立場の人間はすごく大きいですね。

 

中高生にもなると子どもの方も成長しある程度自分独自の考えも持っています。
「ウマの合わない生徒と教師の関係」が当たり前にあったりもするのです。

 

そんな時、教師がフラットに物事を見て生徒の成長をサポートできないでいる場合、ただ怒鳴ったり脅したり力づくで矯正しようとします。そんな人に限ってのあるあるですが、保護者にはいい顔を見せ「愛」あるからこそという主張をするんです。

 

そこで親が教師と話し合いになった時、親自身が名ばかりの愛情で子どもと関わっていると、子どものことよりも大人である先生を信じ、教師の二面性を全く見抜けず我が子を苦しめるというようなことも起こり得ます。ああなんてかわいそうな子ども。。。

 

親が子育てで悩むとき、
確かに「愛」あるかこそ心が翻弄され悩みを膨らませ混乱へと陥りやすいもの‥‥。

 

愛あるからこそ厳しくする

愛あるからこそダメなことをダメという

愛あるからこそわかって欲しい

・・・

それらの思いは純粋なものであり大切なことと思います。

「相手をよくしてあげたい」
「親として子どもに責任を持って育てる」

そんな愛の気持ちが『行動』となった時に、結果的に大人(親)としてのやり方は「相手を強制的に変える取り組み」に必死になっていないか?をご自身で調べてみて欲しいです。

 

自分が今フラットな位置にいるかの視点を持つことができます。

 

子どもがその愛を受け取れないというものであるならば、
愛という名のもとにある管理、支配‥‥その欲望でしかないのだから。

 

そして、親子だからこそ感情的になって言い合ったりすることも当然のこと。

距離が近いということは、感情が動きやすいんです。
親子だからこそ、感情的になってもすぐにケロっとできるということもあるわけで。

 

でもね、ケロってしながらも
その支配欲は子どもの心を傷つけてます。

そして、どうにもやりようがないこの上下の支配に対して「仕方ない」と、「ただ屈服するしかない」という方法を学ぶのです。それがその子が成長していくにつれての人間関係の土台になっていってるんです。

 

個人セッションにて、子どもに対して要求を過剰にしてしまうクライアントさんの悩みに向き合っていくと、その方の子どもの頃の親との関係の中で思い込んでいたある強い思いが、彼女を過剰に駆り立てていました。
今の彼女は少しづつ自分の望む姿の体験を増やしておられます。

 

子どもをどうにかしようと働きかけるのを一旦やめて、自分の問題として受け止めることも大事。

自分のありたい姿を求める行動をしていきましょう。

 

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