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「こんなにひどいことをしてしまった!」と思っていたのに案外そうでもなかった‥‥?とか「こんなにすごいと思っている!」と思っていたのに周囲の反応はそうでもなかった‥‥?このような経験ってありませんか?これは自分について過剰にとらえていること、つまり自意識過剰です。

自分の内側と外側のギャップ

心と体のセルフアップサポート専門
吉田かおりです(私のプロフィールはこちら

 

まずみんな誰だって自分のことを当然意識して生きてます。
例えば複数で写真を撮れば誰だって真っ先に「自分」を確認しますよね。
自分を確認した上で(あるいは確認しながらも)他の人や風景の何かについて興味をもつことと思います。

 

これは当然のことで、自意識過剰とかじゃないです。
撮った写真を確認するとき、自分を真っ先に見るのは自意識過剰だと思っていて自分を確認していることを隠しながら他に興味があることを話すような人が自意識過剰と言えるかな。

 

あなたが自分の目について「一重まぶたが可愛くない」「損をしている」「ブサイクに見える」というような気持ち、”コンプレックス”を持っていたとします。

 

でも周囲の人間は、そんな悩みを話すあなたについて「いや、すごく似合っている」「素敵」などと認めます。

 

そんなとき、いつまでも悩んで弱気になって二重の人の顔をみては羨ましがり、「こんな顔の私じゃだめだ‥‥」などと思い込み、それ以外のことを真剣に考えることなく整形手術をするべきかと悩みを抱き続ける。

 

これもいわゆる自意識過剰です。

 

自意識過剰によって本当に自分が望んでいることが何なのかを自分が知らない状態。

 

自意識過剰によって側からみられている自分ってどうなんだという意識しかなく、自分がどういたいかがない状態。

 

二重まぶたになりさえすればいいこといっぱいある‥‥と、思い込んで悩んでいることを続けている間は、(端的な回答を先に見据えているから)ちゃんと考えられなくなっている(から悩みがエンドレスになる)ときですから、側から見るとそんな様子でいる(そんな自分がない状態でいる)あなたの”内面の問題”の方が丸出しに見えているものです。

 

自分の考えがきちんとないままお金を使ってただ整形手術をしたとしても他の悩みが増えるだけです。
『主体的』に自分の考えをもち、悩んでいることについて本当によく考えてみて、

 

「本当にやっぱりそこが自分の問題なのか、それとも本当は別のことが自分の問題なのか、それとも問題と思っていたけどそうでもないのか」と向き合う時間が必要です。

 

自分の好き嫌いをはっきりと認識し自分が本当に望んでいることを自覚することが大事です。

 

自分の問題にちゃんと向き合い決断した上で整形手術をするのならば、それは堂々としていられるはずです。
自分の決めたことに堂々としていられるということが大事ではないでしょうか。
人の意見や流行ものや他人目線などで自分のことを決めていては、決して堂々といられることはないんです。自分がないんですから。

 

自分を見つけるためには

何か特別なことを自分に探そうとする必要はないはずです。
私の友達ですが、カラオケに行っても流行りの歌は一切歌わず、必ず一人のアーティストの歌のみを歌います。

 

その歌手の歌のみしか歌いませんし、たいして歌が上手ではないのですが、堂々とその大ファンの歌手の歌のみを歌うその友達が、ある意味すごくかっこいいと思うんです。

 

ここで彼女が下手に周囲の目を気にして、最近の歌が歌えないとか古い歌しか歌えないとか、一人の歌手の歌しか歌えないということを”引け目”に感じてこっそり歌の練習をしているようでは気持ち悪いと思う。

 

最近のこの曲に興味を持ったから新たな歌を歌うのならそれはそれでいい。
でも自分の好きなこと(一人の歌手の歌にしか興味がないということ)に「引け目」を感じその周囲を気にかけ自分がどう思われているのかに意識を受けて他の歌を歌うのならば、気持ち悪い。

 

この違いわかりますよね?

 

自分の中の好きなことって何なのかをちゃんと自覚することが大事。
どんなことが好きでその理由までちゃんと自分が知っていることが大事。

 

私の好きなことの一つを紹介するならばスマホゲームのキャンゼリ。
もう随分長いことハマってます。
一筋になるタイプなのでその他のゲームはしていないのですが、相当相当大好きです。

 

どうすればクリアできるか運もありますが、その攻略を練る時間、うまくいかない時間も含めて結果的に最高!!に楽しい。うまくいかなくてブーブー文句言ってる時間も楽しい!!
キャンゼリゲームが大好きな自分に堂々といられるのは大きく言っちゃえばそんな自分に「誇り」を持ってるから。
私は自分が輝いていくためにキャンゼリゲームに熱中することがその一つになってますってこと。ふふ。

 

特別なことを自分に取り入れてキラキラ輝こうとしなくていいんです。
もっというとキラキラしたい!!って願っていることがきもい。
今自分が何気なくしていることの中で、当たり前に何事もなく流して済ませていることのなかに、自分の考えや意思をもつこと、それでいいんです。

自分を疑ってみる

「自分には器が足りない」「自分は行動力がない」「自分は弱い」「自分は大したことなんてできない」「自分は欠陥だ」などといったような不満を抱いて自分を嫌っていると、心の底には常に「周囲の人も自分に対してこう思っている」と思い込んでいます。

 

その自分に対しての不満、自分を馬鹿にするような心を持っている限り、どんなに周囲の人が「あなたの笑顔はいいね」「あなたの○○なところがすごいな」などと表現してくれたとしても、あなたはそれに対して社交的に関わるだけで、心の底にある自己否定が「そんな(自分がすごい)わけない」と打ち消します。

 

あなたのその思考こそ「そんなことない」のです。

 

どんなに自分が「違う」と思うことでも、少し自分を疑ってみること。
「自分について自然に捉えられていないのかな?過剰なのかな?」と、そっちの方を信じてみませんか。

 

そして、そっちの経験を増やしていくことで、これまで感じることがなかった自己認識を得たり自己受容を得ることができるとイイなと思えませんか。

 

心の底の自分に対する歪んだ思い込みがたくさんあればあるほどその思いに拮抗するように「そう思われるのは嫌だ」と、フラストレーションが生じます。

 

またその抵抗感から「本当の自分(自分が思い込んだ自分)が周囲にばれてしまわないように」と過剰な緊張を生み出してしまいます。

 

歪んだ自分への認識(自分の思考による自己像が「自分の本質」だと勘違いをしている)に対して、「本当の自分がばれてしまわないように頑張らなければ」といった在り方をしてしまうのです。

 

それが無理をした生き方となり、自分がない状態です。自分らしさが表現されないため苦しい生き方になります。

 

あなたは自分が思っているほど、「すごくない」のです。

 

逆に自分が「大したことない」と思っていることこそ
「すごい」のです。

 

自分を特別扱いすることなく相手より上でもなく下でもなくフラットな状態で自分の身を置けるようになるためにも自分の中身を自覚することです。

 

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