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こんにちは。
心と体のセルフアップサポート専門
吉田かおりです。
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最近ひさしぶりにお菓子を作りました。
お菓子などを手作りで作ったことのある方なら、改めて”びっくりした”経験をされた方も多いのではないでしょうか?

 

「!!なーんて大量の砂糖やバターが必要なの??!!」

私はお菓子作りは滅多にしない方ですが、細々と十数年ワンパターンなものをたま〜に作っています。この大量に使う砂糖とかバターにも少々慣れつつもあります。。。

 

でも、滅多にしないおかげ?で

「分量はこう書いてあるけど、やっぱ減らしちゃおう」という心理が拭えず、実際作るその分量の減り幅はだんだん増えています。(どの程度まで減らしてもある程度美味しいか毎回模索中)

 

でも例えばお菓子作りでも頻繁に作るようになってくると、疑問を感じたり驚いたりしたことを忘れてしまいがちです。
慣れって危険です〜。

 

「美味しいものにはこんなに大量の砂糖とかバターとかを入れているのか!!」

と初めて体験したのあの衝撃を忘れて、これが「当たり前」みたいになってくるのが人間です。

 

自分の目の前に見ることや出来事全般において、いつだって何の疑いもなく、そのまま右から左へ「当たり前」のように受け入れていくことって本当はすごい怖いことなんですね。

 違和感にちゃんと気づくことの大切さ

最近、無性に広島菜のお漬物が食べたくなり、その辺のスーパーで購入しました。

 

でも、家に帰りその袋を開け漬物を取り出した瞬間、一気に食欲減退‥‥。

袋の装飾で全く目に入らなかった‥!!
しまった‥‥!!
本当にうっかりだった‥‥!!

 

鮮やかな絵の具のような「マミドリ」色というか「アオミドリ」色が衝撃でした。。。

 

白っぽいはずの茎部分がそのようにひどく染色されていることでようやく気付きました。

オレンジに緑の染料はさすがにすぐにわかるね。
”食べたくない”って。

 

そこのスーパーは着色したものしか置いていないため、どれも鮮やかな緑色のお漬物が並んでいます。

そして多くの消費者は鮮やかな色を見て「美味しそう♡」と思っちゃう。

 

私もね、

その時思っちゃったんです‥‥。

 

でも自宅で気づいた時、
すぐさまネットで検索した着色料合成保存料無添加と表してある菜漬けと比べてみると色の違いは一目瞭然。

 

お漬物のような高額でないものならお値段が2倍しようがそっちの安全で本当に美味しい方を私はいただきたい、と改めて思いました。

 

まず全ての食べ物からそれらを除去することなんてできませんが、自分なりにその自覚を持った上で「選んで食べていきたい」と、私は思うのですね。そのためにも真実、本物にできるだけ触れてみたいと思うのです。

 

ふつーに売ってあるものが「当たり前に安心で安全」とは限らないのが事実です。

そこに興味を向けてちょっと調べればすぐにわかることです。

 

例えばお菓子作りをすると、そのお菓子の中にはこれだけものバターが入っているものなのだと実際に体験できます。プランタンであったとしても自分で野菜を作ってみると、どうもスーパーに並ぶものとは違うぞ、と気づくこともあります。

 

本来の自然を知ることって大事ですね。
大量生産されたものは不自然なものがいっぱいです。

 

自然な純粋なものに触れると、世の中の不自然さにちゃんと気がつくようになります。
その不自然を完全除去すべきだとかではなく、そこに気づくことが大切であり、その上で選ぶ権利を放棄してはダメだと思うのです。

 

ちなみに、日本の当たり前が世界に目を広げてみると当たり前ではないといことはいくらでも存在しています。合成着色料についてでは、赤色104号、赤色105号、赤色106号、青色1号、緑色3号は、発がん性があるという理由から日本以外のほとんどの国で禁止されています。その他にも色々あります。

 

はっきり言って日本はこういった添加物のことなど意外においても医療のことにおいても、様々な点で「遅れている」と私は判断しています。

【参考文書】
危ない食品たべてませんか: 有害物質、添加物はわが家で落とせた! (知的生きかた文庫)

粗雑なものではない微細な心を育てること

生活の中では、なんでも手軽に簡単に‥‥とお惣菜やレトルトに偏っていくと、本当の食を忘れます。

私たちが口にするものが私たち人間の体を作ります。

その食べ物への意識をどうもつのかは「心」が大きく関わってきます。

 

心が不安定な時、不安定な心を鎮めようとするのに砂糖はうってつけです。
ですが、単なる甘いもの好きでは済まされない中毒性の可能性も出てきます。

 

中毒性と聞くと、自分の意思ではどうにもできずその行為に及ぶというものであり、それは何もアルコールや薬物だけではなくセックスや食べ物からも生じます。

つまり、感覚的な満足感や幸福感、これがキーワードになっています。

 

感覚刺激を通じてその刺激が強く感じられるほどそこにしがみつきたくなることがあります。
そこにしがみつきたいのは

「自分を実感できること」であったり、

「安心できること」であったり…

 

自分のもっとも繊細で大切な部分を何かで埋めてもらうとすること純粋ではありません。

本当に求めている満足感や安心感はそこにはないものです。

 

これまでいつも「自分の何か」を犠牲にして、自分が身を置くその環境のバランスを保つ役割をしてきた人は、自分自身がほんとうは何に傷ついているのかを歪めてしまっています。

 

自分の外側のバランスを保つことにばかり注目してきた人は自分の内側のことがよくわからなくなってしまっています。

だから、自分が生きるこの世界において、何も考えることなく鵜呑みにして物事を流してしまったり、違和感などの自分が感じとるその感覚を受け取るセンサーそのものが鈍ってしまったりして、

 

自分の心が本当はどうしたいのか、自分の心には本当は何が起きているのかをわからなくさせてしまうのです。そして安易に自分を認識できる感覚刺激を強く刺激するものに傾くことに陥ってしまう・・・。

 

心を大切にする

心を満たす

自分に優しくする

自分を愛する

 

などということが、一体どういったことなのかを習得することが大切です。

これらの具体的な行動を自分が自分になされない限り、自分以外の誰かや何かからそれを得ようとしますから。
みんな、自分を大切にしたいという願望は持っているのですもの。

その権利を誰でも持っているのですから、そう主張していいんです。

 

ご質問などはセッションにてお気軽にお聞きくださいね

 

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