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人との関係においてその相手と親密になればなるほど楽しいことも増えるかもしれませんが嫌な経験も増えるものです。そして、その嫌な経験とは、そんじょそこらの嫌とは違って感情がおぞましく動き、どうにもならないほどの行為に走ってしまう恐れもあるほどです。

みんな一緒が楽しいじゃん♪

恋愛関係にしても友達関係にしても、人間関係を築くにあたり「一人じゃ寂しい」といった理由からそれを大事にしようとすると、結果的に幸せを得ることから離れてしまいます。

 

”ひとりでいる”ということに対して悲観的に捉えることで、孤独感を感じ不安や寂しさを増していくわけですが、本当にひとりでいることは悲観することなのでしょうか。

 

そこを信じ囚われると、
そう見られたくない、そうありたくない、そんなの寂しすぎる、という思いから

 

「人とたくさん繋がっていたい、多くの人間関係と仲良くあれてキラキラしていたい、とにかく誰かと一緒にいたい、だから友達がたくさん欲しい、だから結婚したい、だから子供が欲しい‥‥」

 

この流れはすごいヤバイです。

 

思春期の時期などにおいては特に、過剰にひとりぼっちになることを恐れてキラッキラな友情関係を求めていきがちです。

 

でも心の中には本当は、「この子とは合わないんだけどな」「本当はこういうの好きじゃないんだけどな」「この子はどうしてこういうことばかりするのかな」などといった違和感ばかりの友達とべったり絡んでいるのかもしれない。

どうしても距離を取ることができなくなっている。

 

こんなことも起きがちなのかもしれないですね。

 

悲しいですが広島でも先月市内で女子中学生の自殺が起きてしまいましたが、日本の小中高生の自殺の数は去年2016年は320人だそうです。

相手と適当な距離を保つことができず、べったりと絡み合っていなければならない状態に身を置く立場をとり続けているとき、それは自分を抑圧し続け、苦しみを増し、そして死を選ぶという悲しい結果に至るのは本当に辛く感じます。

愛情という名の支配

親子の関係も同じです。
恋愛も同じ。
夫婦の関係も同じ。

 

これらにある関係性は、
他の人間関係よりもグッと近いものです。

そしてグッと近いぶん、大切にしたいという思いも強く生じ、愛情の深さから”距離を取ることを忘れてしまう”ことが問題を引き起こしていきます。

 

子どもをもつ親が子どもに対して悩むとき、その多くは愛を与えることと相手を支配することを同一なものとをみなしていることです。そこを履き違えていることで、愛するはずの子どもに対して憎しみの思いが沸き起こったり殺意を抱くまでに感情が乱れるのです。

 

そして、抑圧され支配されて育った子は親に対して憎しみや殺意の思いを抱きます。
同時に強い罪悪感も抱きます。
同時に強い孤独感を植えつけられています。

 

私はリアルに起きている現実から発信しています。
他人事として、特別なこととして流すのではなく、
自分自身に置き換え考え感じてみてください。

 

親が子どもを殺してしまう、子どもが親を殺してしまう、孫が祖父母を殺してしまう、このような肉親関係の殺人はあとを絶ちません。その現実をしっかりと自分に置き換えて自分の在り方を確認する必要があると思います。

 

自分の在り方を振り返ることなく、
ただ自分の孤立感から逃げたくて不安を埋めたくて友達と繋がっていたい、結婚がしたい、子どもが欲しいと望むことは、非常に残酷なことです。

 

あなたの傷を埋めるその代償に選ばれた相手、生まれた子ども、そして自分自身、それによって新たな苦しみしか生まれません。

 

あなたが自分に満足でき、一人でいることの価値を見つけ、血の繋がった家族や恋愛対象にある相手であっても、一定の距離を取ることができるかどうかです。

 

心から愛することが、
何でもかんでも管理したい気持ちではおかしいのです。争いの元です。

心から愛することが、
もともと距離の近い相手と「分かり合えている」を前提にした関わりでは争いの元です。

 

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